
心霊スポット:福岡県宮若市『犬鳴ダム』
今から二年前のクリスマスの夜。
イルミネーションで光り輝く街を恋人たちが手をつなぎ歩く中、俺たち男四人は彼女も予定もなく、ただ退屈を持て余していた。
そんな時、誰が言い出したのかは覚えていない。
「犬鳴ダム、行ってみるか?」
その一言に俺たちは意気揚々と車に乗り込むと、心霊スポットとして有名なあの場所へと向かった。
福岡でも“最恐”と噂される犬鳴ダム。旧犬鳴トンネルや犬鳴村の伝説など、聞くだけで背筋が凍る噂話がいくつもある。けれどもその夜の俺たちは、恐怖よりも恋人がいない寂しさを嫌い、何かで紛らわせたかったのだと思う。
車がダムへ近付くにつれ、道は次第に細くなり、街灯もまばらになる。外には濃い霧が立ち込め、車のヘッドライトを頼りなく感じた。
ダムに到着すると、すぐに犬の銅像が目についた。銅像の背後には先が見えない通路が伸びていて、通路の両側にはフェンスで柵が張られている。
さっきまで吹いていた風は、いつの間にか濃い霧を連てどこかへ行ってしまい、辺りはまるで音を失ったような静かな世界が広がっていた。その静寂に尻込みし、車の中ではふざけ合っていた俺たちの空気も、少しずつ重く沈んでいくのを感じた。
「行こうぜ!写真撮ろう!」
するとムードメーカーのAがそう言って、スマホを掲げてカシャっとシャッターを切った、その瞬間だった。
カシャン–パァン!
金属がはぜるような衝撃音がフェンスの向こうから響いた。
四人の顔が一瞬でひきつったのが分かる。
風は吹いていないし、辺りの木も一切揺れていない。何かがフェンスを強烈に打ち付けたのだと思い、俺たちは顔を見合わせた。
「…は?…マジで…今のなに?」
誰かの小さく怯えた声が一瞬で夜の闇に溶けた。すぐにBがフェンスの向こうにライトを向ける。そこには真っ暗な闇だけが広がっていた、はずだった。それなのに、俺の隣にいたCが震える声で言った。
「……フェンスの裏、向こうで、なにか動いた」
一斉にCが指差す先を振り返るが、何もいない。ただその時、ダムの方から冬とは思えない生暖かい風が吹き、頬を撫でた。なおもCは自身が指差す先を凝視したまま、掠れた声を出す。
「生き物だったのは間違いないんだ。でも……でも、首が、なかった……」
俺は冗談言うなと笑ってやりたかったが、声が出せない。なぜなら俺も、ライトの光の端に、確かに白い影が一瞬揺れたのを見た気がしたから。それが人だったのか、他の動物のものだったのかは分からない。ただ、視界の端に影を捉えた瞬間、俺は心臓が握りつぶされるような感覚に襲われた。
もしかしたら皆も同じものを見たのかもしれない。次の瞬間ワッと一斉に車に逃げ戻り、直ぐにエンジンをかけた。それから車を発車するまでの短い間に、ハッと全員が息を飲んだ。
フェンスの向こうの暗闇から、「カン……カン……」と金属で金属を打ち付ける音が響き渡る。それはこちらに近付いてくるように続いた。ただ、なぜだか俺にはその音がどこか物悲しく聞こえたんだ。
誰かが言葉を発する前に、ハンドルを握るCは無言で車を出し、その場を離れた。
街まで下りてコンビニの駐車場に車を停めると、運転手のCはフウッと重い溜め息を吐いた。そこでようやく誰かが口を開いた。
「なあ……さっき撮った写真、見てみないか?」
ダムにいた時とは違いコンビニの灯りが心強い。その明かりを頼りにAはスマホを取り出すと、先ほどの写真を開いた。
内側カメラで撮った写真には、なぜだか白くぼやけたオーブがいくつも映っていた。
後日知った話だが、犬鳴ダム周辺では過去に凄惨な事件が度々起きているらしい。それも含めて有名な心霊スポットになったようだが。ダムで最後に聞いたあの金属音が、妙に寂し気に聞こえたのは、そんな、この世に未練を残した人たちの思いがあったのかもしれない
そんな場所を遊び半分で訪ねたことを、自分たちはひどく後悔した。
その後、俺たちは犬鳴の話を聞くとひどく顔をしかめるようになった。互いにあの夜のことはハッキリ話そうとはしない。ただ、クリスマスが近づくと俺たちは毎年どこか落ち着かなくなる。街の灯りが眩しければ眩しいほど、あの静まり返った暗いダムと、フェンスの向こうに響く音を思い出すからだ。

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