
体験場所:東京都N区 某総合病院
これは、東京都N区の某総合病院で私が看護師として勤めていた時に、Yという先輩看護師から聞いた話です。
Y先輩はもともと霊感が強いらしく、それまでも不思議な現象を目撃することは多かったそうです。そのY先輩が言うには、私たちの勤める病棟には『霊道』と呼ばれる霊の通り道があるそうで、Y先輩は異動してきてから何度も怖い体験をしたそうなのです。
そんなY先輩と、夜勤が一緒になった時のことです。
その日の夜勤はY先輩と私、それともう一人の看護師と計3名で勤務にあたっていました。
その夜はとても穏やかで、見回りもスムーズに終わりました。
仕事もひと段落ついて、看護師3人でのおしゃべりが盛り上がると、いつのまにか話題は自然と『怖い話』になっていました。
私ともう1人の看護師は全く霊感がないのですが、Y先輩の話には興味深々です。
「じゃあ、数年前に私がここの病棟で体験した話なんだけど…」
そう言って、Y先輩は話し始めたんです。
ある夜勤の日のことです。
その日も今日と同じく、Y先輩を含めた3人の看護師が夜勤にあたっていました。
患者さんの中に、あまり状態のよくないAさんという高齢の女性がいたそうなのですが、担当医からは「Aさんは今夜が山だ」と聞かされていた通り、尽力も虚しく、Aさんは明け方に亡くなってしまわれたそうです。
ご家族が到着後、ご家族と共に死後の処置をしました。管もとれて綺麗になったAさんは、安らかなお顔だったそうです。
準備が整ったので、ご遺体を霊安室に運びます。
たまたま他の病棟の看護師の手が空いていて、少しのあいだならY先輩たちの病棟も一緒に見てもらうことが出来たので、その間に夜勤の看護師3名全員と担当医の計4人で、Aさんのお別れに行くことが出来たそうです。
Aさんは入院が長く、それだけ看護師や担当医としての思入れも強く、お別れは皆とても辛かったそうです。
霊安室でAさんにお別れを告げ、他の病棟の看護師に仕事を手伝ってもらっていることもあったので、Aさんのご家族に挨拶を済ませると、名残惜しいけれど…と、4人は早々にエレベーターに乗り込み霊安室を後にしました。
でも、やっぱりAさんへの思入れもあって、エレベーターを降りた後も直ぐには病棟に戻る気にもなれず、4人はそのままエレベーターホールでAさんの思い出話をしていたそうです。Aさんはこんな人だったね、あんなことがあったね、と、Aさんに対する4人それぞれの思い出の分だけ話に花が咲きました。
すると、今さっき乗ってきたエレベーターが動きだしました。
階数表示を見ていると、エレベーターは霊安室のある地下1階まで降りたかと思うと、直ぐに再び上昇を始めました。
「Aさんのご家族が病室に忘れ物をしたのだろう」
そう思った4人は、悪口ではないものの、Aさんの話をしているのをご家族に聞かせるのもはばかられ、とっさに1人の看護師が『しーっ』と言いうと、
『チーン』
ちょうどそのタイミングでエレベーターの扉が開きました。
ですが・・・

エレベーターには誰も乗っていません。
(え?どうして?)
皆が唖然としている間に、エレベーターの扉は静かに閉まり、再び地下1階へと降りていきました。
誰も言葉を発することができず、束の間、妙な静寂が流れました。
「・・・誤作動、かな?」
気味の悪い空気を無理にでも拭いたくて、とりあえず4人はそう結論付けて病棟に戻ろうとしました。
その時、再びエレベーターが動き出したのです。

階数表示を見ると、またしてもエレベーターは上昇を続けています。
全員が息を呑みました。
ゆっくりと上がってくるエレベーターを見つめながら、誰もが緊張で動けなくなっているのが分かります。
その後も上昇を続けるエレベーターは、回数表示がこのフロアを示したところで『チーン』と鳴り、静かに扉が開きました。
そこには、Aさんのご家族がいらっしゃいました。
『母がお世話になりました。』
と、丁寧にお礼をされて、ご家族は帰っていかれました。
4人はAさんのご家族に挨拶を済ませると、ホッと胸を撫でおろし、何事もなかったように病棟へ戻り仕事を再開しました。
その後、朝まで無事に勤務を終えることができました。
でも、みんなで更衣室に向かっている時、Y先輩は他の看護師に言ったそうです。
『あの時は言えなかったんだけど、最初に上がってきたエレベーターにさぁ、Aさん乗っていたんだよ。いたずら好きな人だったから、最後もいたずらしに来たんだろうね。』

長い間入院生活を送ってこられたAさん。
お世話になった先輩達にお礼を伝えに来たのでしょうか。
夜勤中、そんな話を聞いた私は、怖いというよりも妙にほっこりとしたことを覚えています。
残念ながらその病院は、この話を聞いた数年後に閉院してしまいましたが、霊道が通るその場所では、もしかしたら今もAさんが誰かにいたずらしてるかもしれませんね。
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