体験場所:北海道 某所
これは僕が実際に体験した話です。
当時、中学生だった僕が住んでいた学区では、昼夜を問わずに子供達だけでカラオケに行く事を禁止されていました。
理由は分かりませんが、とりあえず入店する段階で身分証明書を見せなくてはならず、学生手帳くらいしか身分を証明できるものを持っていない僕たちでは、親同伴でないと友人同士でカラオケに行くことも出来ませんでした。
年頃な時期だった僕たちは、親の同伴がどうしても嫌で、なんとか友人同士だけでカラオケに行けないものかと試行錯誤していましたが、学生手帳の他に身分証明書を持たない僕たちでは、どうしても入店の壁を超えられずにいました。
そんなある日、先輩のSが僕たちに自慢げに話してきました。
「自由にカラオケできる所を見つけたんだ」
僕たちは「教えてよ」と頼みましたが、Sは自慢するばかりで具体的なことは何も教えてくれません。
ただ、あまりにSが自慢しかしないので、そのうち僕たちは「どうせSの嘘だろう」と考えるようになっていました。
そんな時、同級生のTが「ダメもとで1週間だけSを尾行してみようぜ」と言い出しました。
自由なカラオケ店なんてどうせSの嘘だろうけど、とりあえず面白そうだったので僕たちはその提案に乗ってみる事にしたのです。
それから一週間の間、僕たちは学校でSに会う度、何気なく「今日は放課後何するの?」と探りを入れていたのですが、Sから「今日はカラオケに行く」という言葉は聞けないまま、一週間が無駄足に終わろうとしていた週末の金曜日でした。
「今日は学校帰りにカラオケに行く」
遂にSはそう言ったのです。
「付いて来るなよ!場所は絶対に秘密だし、いつも俺一人で行ってるんだ!」
Sからそう念押しれましたが、僕たちは絶対にバレないようにSの尾行を開始したのです。
自転車で学校を出たSの少し後から、僕たちも自転車に乗って気付かれないように後を追いました。
僕たちの住んでいたところは、田園ばかりでどこまでも見通しが良く、近いとか離れているとか無関係にあからさまな尾行は出来ないような場所でした。
それでも運が良かったのか、その尾行はばれることないまま、Sが建物に入って行くところまで追跡することが出来たのです。
ただ、Sが入った建物はカラオケ屋ではなく、ただの廃墟でした。
厳密に言えば、元スナックだった廃墟です。
看板に薄っすらと「カラオケ」という文字は見えますが、「スナック〇〇」という店名の横に申し訳程度に添えてあるくらいです。
「マジでここに入ったよね?」
「なにここ?」
そう言って僕たちは建物の前で不思議そうに顔を見合わせていると、中から話し声のようなものが聞こえてきました。
多少気味悪くもありましたが、僕たちは好奇心に負けて中に入ってみることにしました。
廃墟スナックの店内には、一人で楽しそうに話しているSの姿がありました。
「こんなとこで何してんだよ!」
Sの奇妙な行動に驚いて僕たちはそう声を掛けましたが、Sは僕たちの方を振り向くこともないまま一人で談笑を続けています。
これが冗談なのか本気なのか全く分からないまま、近くに落ちていたブルーシートをSに向かって投げつけました。
するとそのブルーシートがSにぶつかる直前、空中で停止しました。
まるで、そこにいる見えない誰かに覆いかぶさったかのように。
その光景を見た途端、僕たちは一目散に廃墟を出て自転車に乗って走り出していました。
近くの公園まで来て自転車を降りると、僕たちはさっきの出来事について取り留めもなく話しながら、どんどん混乱を深めていきました。
するとそこに担任の先生が通りかかりました。
僕たちは先生に泣きつくように、さっき見た廃墟での出来事やSの様子を話しました。
「見間違いだろ?Sの冗談だったんだろ?」
先生はそう疑いながらも、僕たちと一緒に再び廃墟まで付いて来てくれました。
すると廃墟に入ってすぐでした。
「お前たちは外に出ろ!」
先頭にいた先生が大声でそう叫びました。
先生のすぐ後ろにいた僕は、その声に慌てながらも、先生の陰から前を覗き込みました。
目の前には、泡を吹いて倒れているSがいました。
先生がすぐに救急車を呼び、事件性が疑われたので警察も来ました。
僕たちも事情聴取的なものを受けたのですが、正直に見たままのことを話しても、誰もまともには聞いてくれていないことが分かりました。
ただ、病院に運ばれたSには外傷が見当たらなかったため、とりあえず僕たちが暴行したという疑いはすぐに晴れました。
ですが、そのままSの意識は戻らず、しばらく植物状態が続いた後、息を引き取ったのだそうです。
僕たちがSの後を付けたからこうなったのか、それともこれがSの運命だったのか、僕には分かりません。
ですが、確実に言える事は、あの場には僕たちやSの他、まだ数人の誰かが居たはずということです。
あの時、楽しそうに談笑していたSは、顔や視線を動かしながら話していました。
まるで複数の人間と会話するかのように。
あのスナックには心霊スポットという噂も別にありませんでしたし、なにか事件があったという話も聞きません。
廃墟スナックでSが一体誰とカラオケを楽しんでいたのか、それはSにしか分からないことです。
この一件のせいで僕は、大人になってからも有名カラオケ店にしか行けませんし、ましてや一人カラオケなど出来ないようになってしまったようです。
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