【怖い話|実話】短編「水を下さい」心霊怪談(広島県)

【怖い話】実話怪談|短編「水を下さい」心霊体験談(広島県)
投稿者:なな さん(30代/女性/派遣社員)
体験場所:広島県広島市の某ホテル

これは私が学生の頃、部活の大会で広島へ行った時に体験した話です。

真夏の広島はジリジリと焼けるような暑さでした。

大会数日前に広島入りしてからも、私たちの部は練習に余念がありませんでした。

その日も、大会に向けた練習試合を終えて、クタクタになってホテルに戻りシャワーを浴びました。

夜にはみんなで食事に出掛ける約束をしていましたが、シャワーで火照った体にエアコンの冷たい風が心地よく、私は(少しだけ…)と、うつ伏せでベットに倒れ込むと、そのまま眠ってしまいました。

ハッと気が付いて、ベットに備え付けの時計を確認すると、ホテルを出る約束の時間までもう30分しかありません。

(ヤバい!?遅れる!!)

そう思って、急いで支度しようと起き上がろうした時でした。

体が全く動かないんです。

(ああ、金縛りか…毎日練習でクタクタに疲れてるから…)

と、起きたばかりの私の頭は、焦っている割にはのんびりそんなことを考えていました。

ただ、ゆっくりと意識が戻るに連れ、だんだんと感じ始めたことがありました。

部屋にはエアコンが効いていて、涼しく快適なはずなのに、私の身体はとても熱く、額を汗が流れ落ちています。それに、とにかく喉が焼けるように熱く渇いていて、水が飲みたくて仕方ありません。それなのに体は全く言うことを聞かず、

(お願い。早く解けて!)

と、うつ伏せのまま動かない体に力を込め、全力で金縛りに抗っていました。

その時、ふと視界の隅に、動く何かが見えたのです。

唯一自由が利く視線をそれへ向けると、私の心臓はドクンと大きく脈打ちました。

ベットから少し向こうの床の上、そこに這いつくばって蠢く黒い人影があったのです。

「え!?何!?誰、この人!?」

人影は身悶えるようにグネグネと体を動かし、こちらにゆっくり近付いてきます。

「え?え?え?え!?」

何がなんだか分からず、一気に鼓動が高まり、私はその黒い人影から目を逸らせずにいました。

早く逃げたいのに体は動かない。
何も出来ないまま、私はとにかくその人影を凝視していたのです。

すると突然、突っ伏すように蠢いていたそれが、頭と思しき部分をムクリと持ち上げたかと思うと、そこにあった炎のように赤く揺れる二つの眼光が、真っ直ぐに私の目を見つめ、

「水ぅ~~水ぅぅをぉ~くださいぃぃ・・・」

と、絞り出すように、息苦しそうな声を発したのです。

唐突に(水が欲しいのはこっちだ!)と、そんな声が頭に浮かんだ瞬間、私の目にあるものが飛び込んできました。

目の前にあった窓の外、その先に、原爆ドームが見えたのです。
外の空は赤黒く、今が何時なのか、夕方なのか夜なのかも分からない色をしています。

その瞬間ハッとしました。

今、目の前にいる黒い人影、この人は、この広島の地で、かつて不幸にも被爆された人なのでは?

原爆ドームを包む不穏な空の色、目の前で水を求め苦しんでいる黒い人影、そしてこの広島が持つ悲しい歴史、それらが全て一つに繋がった気がしました。

ただ、そう確信しても何をどうしたら良いのか分からず、私は必死に腕を伸ばし、

『ドンッ』

と、枕元に置いてあったペットボトルを払うように床に落としました。

するとその瞬間、一瞬で金縛りは解け、床を這っていた黒い人影も姿を消したのです。

私はしばらく呆然としていました。

今見たものは何だったのか?
本当にこの地で被爆した人なのか?
私に何か訴えようとしていたのか?

結局、考えても何も分からず、ハッと我に返った私は直ぐに着替えてみんなとの待ち合わせ場所へ急ぎました。

「顔色悪いけど、大丈夫?熱中症じゃない?」

遅れて集合場所に現れた私を見て、みんなが心配そうに声を掛けてくれました。

確かに自分でも、表情は強張り、普段の感覚に戻れていないのが分かります。

隠すようなことでもないので、信じてもらえるかは分かりませんが、私はみんなにさっき体験したことを話してみました。

すると私の話を聞いていた一人の子の様子が明らかに変わった事に気が付きました。彼女は目を見開いて、右手でふさいだ口元はわなわなと震えて青ざめています。

「…どうか、したの?」

と、その子に声を掛けると、先程よりも確かに青白い顔をした彼女が震える声で言ったのです。

「私も…私もこのホテルで、全く同じことがあった…」

この一言で、最初は冗談半分に聞いていた他の子たちも急に真顔になって、

「……え?……嘘、でしょ?」

と誰かが言ったまま、私たちは全員黙り込んでしまいました。

話が真実味を帯びても、それにどう対処していいのか分かりません。
誰も次の言葉を出せずに立ち尽くしていると、

「あの、すみません。少し、いいですか?」

そう言って声を掛けてきたのは、ホテルの従業員の方でした。

「すみません。お話が聞こえてしまって…それで、あの、少し、私からお話させて頂いても、よろしいですか?」

申し訳なさそうにそう話す従業員さんに促され、私たちはこんな話を聞かせてもらったのです。

原爆ドームからほど近いそのホテルは、当時の被害が最も大きかった爆心地だったのだそうです。

原爆が投下されたあと、多くの人々が水を求め川を目指し、その途中で力尽きた方々の遺体は、正にホテルの立つその場所で、焼かれたり埋められたりしたそうです。

時折、このホテルの利用者の中に、私たちと同じような体験をしてフロントに駆け付ける方がいるそうなのですが、それは特定の部屋の宿泊客に限ったことではなく、どの部屋に宿泊するお客様からも同じような体験談を聞くことがあるそうです。

何度もお祓いをしたし、ホテルを建てる際には念入りに地鎮祭を行ったにも関わらず、ホテル開業以来こうした体験談を訴える宿泊客が後を絶たないそうなのです。

ただ、これまで宿泊客の訴えを聞く中で、一つだけ分かった事があるそうで、

「この現象を体験される方は、全て、県外からのお客様に限られているのです」

と、初めて確信めいた言葉を使ったそのホテル従業員の方は、続けて、

「きっと、この広島という地に起きた信じられないような悲劇を、県外の方にも、更に全ての日本人、そして世界が、忘れないで欲しいという願いを、被害に遭われた方々が訴えているのだと、私共ホテルスタッフはそう考えております」

と、少しだけ語気を強め、その従業員の方は話してくれました。

その翌日、私たちは原爆ドームと平和記念公園を訪れました。

そこには、これまで学校の授業で知ることのなかった現実が、生々しく残っていました。

戦争当時、私よりも若いまだ年端もいかないような少年が、家族に向け、これから死にゆく自分の気持ちをしたためた手紙を読んだ時は、胸を強く締め付けられる思いがしました。

犠牲に会われた方々が、どうか安らかに眠ることができるように、絶対に同じ過ちは起こしてはいけないと、深く心に刻み込む体験となりました。

焼けるようなあの喉の渇き、あんな体験はもう二度と、誰の身にも起きてはいけないと。

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