
体験場所:岡山県岡山市 友人の祖母の家
私は昔から人形が苦手でした。
普通の子供なら綺麗で可愛らしい人形を欲しがったりするものだと思うのですが、私の場合はそうではありませんでした。物心ついた頃から人形の顔や姿が苦手で、親や親せきが買ってくれようとしても頑なに断わるような可愛くない子供でした。
私が学生の頃のことです。
私は岡山の学校に通っていて、親元を離れて初めての一人暮らしをしていました。
その寂しさからか、よく友達のA子とお互いの家に止まり合いっこしていたのです。
その日も私はA子の家に遊びに行っていたのですが、数時間したら帰る予定でした。なぜならA子はその日、私が帰った後、おばあさんの家へ行く予定だったからです。
しかし、ついつい話が盛り上がってしまい、もう少し話したいなと思っていたら、
「一緒に祖母の家に行かない?」
とA子が誘ってきたのです。
こうして私は初めて友人の祖母の家にお邪魔することになりました。
A子の家から余り離れていないという祖母の家は、電車に揺られること数分で最寄り駅に到着。ずいぶんと小さな駅でした。
駅からしばらく歩くと、閑静な住宅街が広がっています。おしゃべりしながら歩いていたので、正確な場所までは記憶していませんが、すごく静かでのんびりした住宅地を歩いていたのを覚えています。
すると急にA子が前方に向かって手を振ったので、その視線の先を追ってみると、立派な庭のある家の前で、とても上品で優しそうなおばあさんが私たちを待ってくれていました。
「まあ、いらっしゃい!」
嬉しそうな顔で孫を迎えるその女性を見て、この人がA子のおばあさんなのだと確信しました。
関係ない私が来ても嫌な顔一つせずに、A子のおばあさんは優しい笑顔でカステラと牛乳をおやつに出してくれました。それを頬張りながら、和やかにお話をしていると、
「あ、お母さんに頼まれてたんだ!」
急にA子がそう言って、母に頼まれたという蜂蜜をおばあさんから分けてもらっている間、私は手持ち無沙汰で家の中をキョロキョロと見回していました。すると、ひとつ気になるものを見つけてしまったんです。
それは洋風のきれいなお人形さんでした。
棚の上に飾られていたその人形は、私とばっちり目が合う位置にありました。
昔から人形の無機質で吸い込まれそうになる目が苦手で、何を考えているのか分からない表情も厭でした。
しかし、一度見つけてしまったらそれが気になって仕方なくなり、それからA子とおばあさんとの会話も耳に入らなくなってしまったんです。
「どうかした?」
そんな私の様子を気に掛けてくれたのでしょう、A子に声を掛けられ、私はその人形のことを話しました。
するとA子は「懐かしい~」と言って、人形に近寄っていきました。随分昔からある人形のようで、A子とおばあさんは懐かしそうに昔話をしています。
その間も私は人形の目が気になって気もそぞろ、そんな私を見て、
「何?目が合うのが怖いの?」
そう言って、A子は人形を反対側に向けてくれました。
ようやく人心地つけた私は、再びA子とおばあさんと楽しい会話を再会できたんです。
それからしばらくした時です。
なんだか視線を感じ、私は顔を上げました。
それと目が合った途端、ゾゾッと鳥肌が立ちました。
だって数分前に向きを変えたはずの人形が、またこっちを見ていたんです。
(そんなはずない…)
認識した瞬間、私はすぐに目を逸らし、
「…ねえ、見てない?」
と、小声でA子に確認しました。
「えっ?」
とA子は不思議そうにこちらを見たあと、ゆっくりと人形の方を振り返りました。
「…何が?」
A子にそう言われ、私は怪訝な顔をしていたと思います。
「だから、人形が…見てない?」
と、少し苛立った声で再びA子にそう告げると、
「なに怖いこと言ってんの?」
そんな風に言われ、全く話が噛み合わないことに腹を立てた私は、
「だから…!」
と、再び人形に目を向けました。
人形は、向こう側を向いていました。
先ほどA子が向きを変えてくれたままの状態で、こちらからは背中しか見えませんでした。
「えっ…?」
「おかしなこと言わないでよ」
とA子に言われ、私はそんなはずはないと思いながらも、でも実際そうなのだから仕方ない、と、狐に化かされたような奇妙な気分でした。
その後、A子とおばあさんが何を話していたのか記憶にありません。ずっと人形が気になって仕方なかったのです。
(もしかしたら、からくり人形なのかも…)
と、どうしても人形が気になった私は、帰り際におばあさんに頼んで人形をくまなく調べてもらったのですが、そんな細工は一切ありませんでした。
楽しそうに話しながら玄関に向かうA子とおばあさんの姿を横目に、私は自分でも人形をひっくり返したりして中身を調べましたが、何も見つかりませんでした。
何か白昼夢でも見たのかと、流石に私も自分の勘違いを疑い、人形を元の位置に戻そうとした時でした。
人形の首がかくりと回って横を向き、こっちに視線を向けたのです。
全身の毛が逆立つのを感じました。
予想もしていなかったことに声も上げられずにいると、人形がカタっと一瞬動き、
「みたよ」
と、表情のない無機質な声でそう言ったんです。
私はヒッと息のような悲鳴を上げ、人形をそのまま投げ捨てました。
ガンッと人形が床に打ち付けられた音に驚いたA子とおばあさんが、
「どうしたの?」
と言ってこちらに戻ってきましたが、私は動揺のあまりしばらく声が出せませんでした。
数分してようやく、しどろもどろ今起きたことを二人に話しましが、信じてもらえたのかどうかは分かりません。
ですが後日、A子のおばあさんがあの人形をお寺に持って行き、供養してもらったと聞きました。
人型のものには魂が宿ると言われますが、人形はその最たるものなのだと思います。
もしかしたらあの人形にも『何か』の魂が入り込んだのかもしれません。
私が本能的に人形が苦手なのも、あながちおかしな事ではないのかもしれないと思う出来事でした。
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