体験場所:愛知県 某高等学校
これは私が高校生の時に、担任の先生から聞いた話だ。
私が通っていた愛知県の某高等学校は、かつて歴史的に大きな戦があった土地にあり、入学当初から、
「無人の教室で落ち武者みたいな人を見た」
「廊下から馬が駆け抜ける音が聞こえた」
など、色々な噂がされていた。
学校なんてものは怖い話が付き物な場所であり、私のイメージでは先生という立場の人たちは、そういったことを「くだらない」と一蹴するものだと思っていた。
だからこそ担任の先生から、
「俺もこの学校で怖い体験をしたんだ…」
そう聞いた時は心底驚いた。
その話の前に、少しだけ先生の話をする。
先生はいわゆる『体育会系』の先生で、物事はハッキリ言うし、生徒への生活指導もきっちりして一分の遅刻も許さないほど厳格な先生だ。
正直、怖い先生でもあったが、同時にしっかり向き合ってくれる良い先生だったので、生徒たちからは信頼されていた。
その先生が「怖い体験をした」と言うのである。
普段から厳しい顔つきの先生だったが、いつにも増して真剣な表情でこう話し始めた。
「お前たちも、この学校にテニスコートがあるのは知っているな?」
その日、先生は下校時間の後、残っている生徒がいないか見回りをする当番だったらしい。
当番は一人ではなく、三人ほどで手分けして見回ったそうだが、先生はまず校舎の裏手にあるテニスコートの方を見に行った。
このテニスコートというのが非常に確認しずらい立地と言うか、見ずらい敷地で、校舎よりも少し低い土地に敷かれたコートの全周を、女性の背丈ぐらいの高さのコンクリート塀で仕切っている。
そのため、コートに降りずにそこを確認する為には、少し背伸びをしてコンクリート塀から顔を覗かせることで、ようやく全体の半分が見渡せる程度である。
先生がそのテニスコートに近づくに連れ、壁の向こうから『ポーン、ポーン』とラケットでボールを打つ音が聞こえてきたのだと言う。
「もう下校時間だぞ!」
当然、誰か生徒が残っているものと思った先生は、テニスコートの方に向かってそう声を掛けた。
その後で壁からひょいと顔を覗かせテニスコートを見下ろすと、誰もいないどころかボールすら見当たらない。
気が付くとボールを打つ音も止んでいた。
(残っていた生徒が隠れたに違いない。きちんと注意しなければ。)
そう思って直ぐにテニスコートに向かって階段を駆け下りた先生は、一瞬向こうの建物の影に女生徒がスカートを翻しながら曲がって行ったのが見えたと言う。
「なにやってるんだ、早く帰りなさい!」
そう叫びながら女生徒の後を追いかけ建物の向こうへ走って回り込んだのだが…
誰もいない…
そこは隠れる場所などない見通しの良い校舎裏。
最初こそ生徒の悪ふざけだと思ったそうだが、考えてみると、女生徒が走り去ってから自分が建物を曲がるまでの僅か数秒で、姿が見えなくなるほど遠くへ行くのは不可能である。
ひと気のない校舎裏で、急に辺りの音がシンッと止んだ気がしてゾッとした。
さっきの女生徒のことは消えたとしか思えず、どうにも気味が悪かったそうだ。
その後、合流した他の先生に聞いてみたが、誰も女生徒の姿は見かけていないと言う。
とは言え、もしも本当に残っている生徒だったとしたらいけないと、結局もう一度探し回ることにしたそうだが、やはりその女生徒は見つけられなかった。
後日、テニス部の生徒に確認したそうだが、誰もその日は残っていなかったそうだ。
個人的には、こういった話の落ちとしては、割と有りがちなオチだったと思う。
だが、この話の一番怖いところは、『普段、絶対にそんな冗談を言わない先生が、真剣な表情で語っていた』というところだ。
絶対に嘘な訳がない。
少なくとも、先生が本当にそう感じる体験をしたことは間違いないのだ。
私たち生徒は笑うこともなく、固唾を飲んで先生の話を聞いていた。
先生から伝わるあの緊張感は、今思ってもやはり普通ではなかったと思う。
もし仮に、本当に先生が見た女生徒が、この世の者ではなかったとしても、その容姿から、この地に纏わる血生臭い戦とは関係のないものだろう。
けれど、やはりその土地柄、そういったものが集まりやすい場所なのかもしれない。
他の先生から、以前登校中に事故で亡くなった女生徒の話を聞くまでは、ずっとそう思っていた。
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