体験場所:神奈川県M市
かつては海に観光客が溢れていた神奈川県M市のM海岸。
近年では町の過疎化が進んでか、夏ですらかつての活気は感じられなくなっていた。
それでも私はこの生まれ育った町が好きで、都内に移り住んでいる現在も、地元の自然に触れたくなりたまに帰省する。
祖父と祖母が眠る墓が実家から車で15分ほどの場所にあるのだが、そこに向かう途中に畑に挟まれた長い坂がある。
私は小さい頃からそこを通るのが嫌だった。
それは、上り坂がキツイからではなく、街灯がない暗い坂道が怖いからでもなく(実際、街灯は全くない)、ある話を姉から聞いてしまったからだった。
姉と私は歳が10ほど離れていて、当時私は小学校低学年で姉は高校生だった。
その姉の友達に、バイクが好きで高校生の時からバイクを乗り回しているA君がいた。
A君はいわゆる暴走族の類だった。
その日の深夜、A君はいつも通りバイク仲間と二人で騒々しい音を鳴らしながら市内を走り回り、そしてそのまま例の坂をバイクで通った時のことだ。
その日その坂で、A君は人を轢いてしまったのだ。
いや、正しく言うのであれば、「人を轢いた」と思ってしまったらしい。
その坂道に通りかかった時、A君が前を走り友人が50メートルほど後ろを走っていた。
先にも言った通り、その坂道には街灯がない。
そして昼間でさえ農家の人しか通らないような場所だから、夜中に人が歩いているなんて思いもしない。
二人はいつも通り快調にバイクを飛ばし、その暗闇のスリルを全身で味わっていた。
だが、そこに人が通ったのだ。
しかも2人。
A君が言うには、いきなり目の前に女性と子供が現れ、そしてハンドルが切れずに女性の方を轢いてしまったらしい。
『ドン』という感触があったそうだ。
A君はすぐに止まって後ろを振り向いた。
光が全くない坂道では、振り返っても一面真っ暗な闇が広がっていて、少し離れたところに友人のバイクのライトが丸く見えるだけで、轢いてしまった人の姿は見えない。
A君は呆然としたまま後ろから来る友人を待った。
轢いてしまった人を一人で確認するのが怖かったからだ。
だんだんと迫って来る友人のバイクは「うわっ」と声を上げ止まった。
だがその声は明らかにA君に対して向けられたものだった。
「こんなところで止まってどうしたんだよ。ぶつかるところだったぞ」
友人はそう言った。
「ひ、轢いちゃったよ…い、いただろ、途中に。」
と言うA君の言葉に友人は、
「…は?何が?…何もなかったぞ?」
そんなはずはないと言い、二人でバイクから降りて確認しに行った。
よく探した。
しかし、坂道には何もなかった。
でも確かにA君にはぶつかった衝撃があった。
動物と見間違えたはずも絶対にない。
なぜならそれは服を着ていたから。
赤い服の女性だったそうだ。
これが当時姉から聞いた話。
その後分かったことなんだけど、その坂では実際に昔、子供が交通事故で亡くなっているらしい。
そのことで母親が精神を病み、車に飛び込み自殺したそうだ。
実際に母親が飛び込んだのは、子供が事故に遭ったその坂とは別の場所でのことだそうだが、あの場所に戻って子供と再会できたのだろう…
やはりあの日、A君が轢いてしまった「赤い服」の女性は、その母の霊だったのだろうか…
せっかく子供と再会できたのに、なぜ再び轢かれるようにバイクの前に現われたのか…それは分からない。
後日A君と友人は、その場所に花を供えに行ったという。
そして先日、私は久しぶりに地元に帰り、仲のいい友人たちと飲み会を開いた。
海が売りのこの町の夏はやっぱり楽しくて、いい感じにお酒が回り、何件目かの店である友人が怪談話を始めた。
途中まで聞いて私は、どこかで聞いた話だと思った。
「この前、車で〇〇坂を走っていたらさ、いや、これ本当の話なんだけど、なんか大きなものを轢いちゃってさ。だけど不思議でさ、降りて周辺を探したんだけど何もなかったんだよ。隣に嫁も乗ってたし間違いないよ。嘘じゃないって!」
すぐにあの話と結びついたが、私は何も言わないことにした。
やっぱり今でもあの坂の話が怖いから。
友人はその後、その轢いた大きなものは「赤い何か」だったと付け加え、気持ち良く飲んでいた私の酔いは、一気に冷めた。
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