体験場所:山梨県 旧六郷町
私の父が若い頃に、友人から聞いたという話です。
父が大学生だった当時、免許を取ったばかりの父とその友人たちは、週末はいつも誰かが車を出し、目的地のないドライブを楽しんでいたそうです。
山梨県という土地柄、市街地から少し車を走らせれると、すぐに山道や峠道に行けるため、初心者が運転に慣れるには都合の良い場所だったと父は言います。
見通しの悪いカーブや曲がりくねった細道など、運転に不慣れなうちは山道は嫌なもののはずです。
ですが、友人と一緒のドライブで運転に慣れていけば、山道や峠道もそれほど苦行というわけでもなかったと、父は懐かしそうに話してくれました。
ちなみに山間部の道には急なカーブやトンネルが付き物ですが、そういった所では痛ましい事故も多く、心霊スポットとして噂されるような場所も沢山あります。
もちろん父たちが車を乗り回していた山の道中にも、そういった噂のある場所はいくつかあったそうですが、ほとんどがただの噂だったようで、実際にそう言われている現場を走ったところで何も起こらなかったそうです。
そんなわけで、運転に不慣れな最初のうちこそは怖い噂のある道は避けていたそうですが、ドライブにも慣れていくうちに誰もそんなことは気にしなくなっていったそうです。
しかし、ある夜のこと。
いつものようにドライブを終えた帰り道でのことでした。
車を出した運転手のAさんが1人ずつ友人を送り届け、あとは自宅へ帰るのみとなった際にそれは起きました。
旧六郷町(現・市川三郷町)にあった、とあるトンネルを通過中のことだったそうです。
ギアを変えようとシフトレバーに手を伸ばした瞬間、
(・・・ん?なんだこれ?)
妙な感触に気が付きました。
いつもの触り慣れた愛車のレバーの感触とはまるで違う、妙にひんやりして滑らかな、柔らかいものを握った感じ。
運転中の為、前方から目を離すことが出来ず、
(何だろう、何かがレバーを覆っているような…?)
と思いながら、注意深くその感触を確かめると、Aさんは奇妙なことに気付いたんです。
(あ、これ、人の手の甲だ!)
レバーを固く握る誰かの手。
ちょうどそれを覆うような格好で、自分は今、得体の知れない冷たい手を握っている。
そう思った次の瞬間、ものすごい勢いで『手を握り返された』のだそうです。
「触っていたのは確かに手の甲だった。それがどうやって手を握り返してきたのか全く分からない。」
と、後にAさんは父に語ったそうです。
そんな極限的な状況に立たされながらもAさんは、
(事故を起こすわけにはいかない。絶対に脇見をするわけにはいかない)
と、心の中で念仏のように唱え続け、恐怖に耐えたのだそうです。
冷たい手は、トンネルを抜けると同時にふっと消えたそうです。
無事に帰宅できたAさんですが、ただ、手を握られた痕と思われる奇妙な痣が、その後しばらく左手に残ってしまった、という話でした。
私は父に、そのトンネルの詳しい場所を聞きましたが、父は覚えていないとのこと。
妙にそのトンネルに興味が湧いた私は、旧六郷町に何かそのような因縁が残るトンネルがあるのかどうか少し調べてみました。
すると、確かに旧六郷町には「お化けトンネル」と呼ばれ、近隣の住民から恐れられているトンネルがあった、という話を見つけることができました。
何でもその昔、近所に住む老婆がトンネル内でひき逃げに遭い、鎮魂のためのお地蔵さんがトンネルの真ん中に建立されている、という話です。
ただ、ギアを握る手についての情報は全く見つけることが出来ず、Aさんと似たような体験をしたという話も見つかりませんでした。
市町村合併や新道の建設により、現在では閉鎖された道路も多く、Aさんがこの体験をした場所を特定することは困難だと思います。
ギアを握る手って、一体なんだったのでしょうか?
Aさんは一体誰の手の甲を握っていたのでしょう?
お地蔵さんが建立されたトンネルが関係するのでしょうか?
原因が謎のままの怪現象って、個人的にすごく怖いです。
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