【怖い話】人間が一番怖いと思う実話|短編「山道の丸の内OL」神奈川県の恐怖怪談

投稿者:エディカガ さん(40代/女性/フリーランス/山梨県在住)
体験場所:神奈川県秦野市
【怖い話】人間が一番怖いと思う実話|短編「山道の丸の内OL」神奈川県の恐怖怪談

山歩きを楽しむ女性が増え、山ガールなどと呼ばれる昨今ですが、昔はちょっと異質に見られることもありました。

女性が一人で山道を歩いていると、つい心配になるというハイカーもいて、私も若い頃に声を掛けられたことがあります。

今から数年前、もう若くない私は、トレッキングのトレーニングに使われることの多い小田急線沿線の低山をよく歩いていました。

都心からのアクセスが良く、標高も手頃なことから人気のある低山で、女性ハイカーのグループで賑わうコースです。

しかし、さすがに平日となると人出もぼちぼちといった感じで、私は一人、静かな山道を歩いていました。

先ほど、ハイペースのベテランハイカーが追い抜きざまに「お一人ですか、気をつけて」と声を掛けてくれました。

若くはなくても女性一人は心配してもらえるものなんだなと、私はなんとなく思いながら挨拶を返し、そのベテランハイカーを見送りました。
ベテランハイカーは分岐点で尾根づたいに続くロングコースへと入っていったようです。

私は多くの女性ハイカーグループが行く、なだらかな展望コースへ進みます。

この先は見通しが良く景色の良い道が続くので、のんびり自分のペースで歩くのが基本です。
私はぽっくりぽっくりといった具合にのんきに景色を楽しみながら歩いていました。

すると、私が進む山道の先に、女性が一人で歩いているのが見えてきました。

それだけなら当たり前の光景なのですが、ぎょっとするのは、その女性がまるで丸の内のオフィス街でも歩いているような服装なのです。

ここは穏やかな道の低山ですが、それでもやはり運動靴くらいは必要ですし、スカートでは虫刺されや怪我の恐れもあります。

にも関わらず、その女性は大きなフリルの付いた薄い生地のブラウスに、ひらひらとした花柄の膝丈スカート、足元はハイヒールで、小さなショルダーバッグを下げて歩いていたんです。

この世のものだよな?と疑ってしまうほど、ハイキングコースには似つかわしくない姿です。
メイクもばっちりで、乱れてはいますが髪もきれいに巻いてありました。

顔が見える距離に近付いたので、山道でよくするように「こんにちはー」と声を掛けましたが、きょとんとした様子です。山ガールでもなさそうです。

どうしようかなと迷いましたが、いったん追い抜いた上で、相手の様子がわかる距離で先行することにしました。

すれ違いざまに香水が香ります。

途中までそこそこ順調そうだった女性でしたが、丸の内OLスタイルではさすがにハイヒールがきついのか、ペースが乱れどんどん休みがちになります。

ある程度距離が離れたところで、とうとう歩みが止まってしまうような気配を感じました。
私は心配になり、お節介ではありますが、女性のところへ戻り安否を確認しました。

「なぜそんな格好で…」という言葉を飲み込んで、大丈夫かと声を掛けると、丸の内OLスタイルの女性は、まるで社内で立ちくらみを起こした程度ですよといった笑顔で「大丈夫です~」と返事をしました。

ピアスと華奢なネックレスのチェーンが、強い太陽光を反射してキラキラと人工的な光を振りまいています。
私はこの丸の内OLの周りだけ、どこかの高層ビルのオフィスなんじゃないかと思うような、目の前の空間とは余りに不釣り合いなその存在が、妙に気味悪く思えました。

なぜこんなところにそんなヒールでやって来て、髪を振り乱しながらも華やかに微笑んで見せるのだろう。
もしかしたらメンタルがおかしいのだろうか。

そんな違和感を感じながらも、それでもさすがにジュース一本持っていないというのは心配なので、まだ空けていなかったペットボトルの水を差し出して、丸の内OLのそばを離れました。

後ろから女性ハイカーグループが迫っており、おそらく彼女たちもこの丸の内OLに気が付くだろうとも考え、私は再び自分のペースで進むことにしたのです。

改めてのんびりと歩みを進め、コースの最高地点まで到着し、道を折り返したところで後から来た女性ハイカーグループと鉢合わせになり声を掛けられました。

案の定、あの丸の内スタイルの女性のことでした。
やはり、彼女たちも心配で声を掛けたものの、無視されたそうなのです。

あらら、その態度も丸の内スタイルなのか?と思いながらグループと別れ先に進むと、コースの道端にうずくまるように座っている丸の内OLがいました。
どうやら足に限界がきたようです。

声を掛けるとまた「大丈夫です~」と微笑まれましたが、もう先程までの余裕は無いようでした。

お互いの汗の匂いに混じって、香水の残り香がわずかに漂います。

女性ハイカーグループも頂上での休憩を終え、折り返して来たようでした。
私は彼女たちに事情を伝え、このままでは心配なので丸の内OLをどうにかしようと相談を始めました。

しかし当人は事の重大さが全く分かっていないようです。
本人からすれば、電車で着いた駅から歩き始めたこの山も、言わば都心のビル街と地続きのイメージなのかもしれません。

ふわふわとした態度の丸の内OLに、女性ハイカーグループの一人が聞きました。

「そんな格好で、何をしにこんなところへ来たの?」

誰もが知りたくて、でもなんか聞いてはいけないようなその疑問。よくぞという気持ちと、そんなこと聞いて平気なのかという不安の中、みんなが丸の内OLの返事を待ちました。

すると、乱れた巻き髪をかきあげて、華やかに微笑みながら丸の内OLはこう答えたのです。

「死にたくて~」

その場の全員が一瞬息を飲み、徐々に凍り付いていくのが分かりました。
明らかな狂気を全員が理解したのです。

通勤電車の中で衝動的に自殺を思い付いた丸の内OLは、車内広告にあったこのハイキングコースを見て、そのまま通勤路から真っ直ぐここへ来たのだと言います。

おっとりとした口調で、微笑みを絶やさずそう話す彼女の姿に誰もがゾッとしたまま、かける言葉も思いつきませんでした。

ともかく女性ハイカーグループが110番することになり、私は駆け付けた救急隊に多少の事情説明をしてその場を去りました。

今でもあの時感じたあらゆる違和感が心のどこかに沈殿しています。

山道でいきなり巻き髪でフルメイクのハイヒールに出会った異物感。

首筋に光るダイヤモンドネックレスの残像と、山道に漂う化粧と香水の不自然な香り。

巻き髪は乱れ、ファンデーションは汗でよれ、それでもくっきりと塗られた口紅とその奥に覗く白い歯。

そして晴れやかな笑顔から張りのある声で発せられた「死にたくて…」という言葉の歪感。

今でもチグハグとしたこれら一連の記憶を思い出す度、私は冷たい手で心臓をギュッと握られるような、そんな気持ちになるのです。

その後、丸の内OLスタイルの女性がどうなったかは分かりません。

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