体験場所:東京都江東区
(※語り手は投稿者様の旦那様のようです)
あれはもう十数年前、俺が東陽町の現場に入ってた頃かな。
仕事が終わらなくて、深夜に一人残ってデスクで残業してたわけ。
しばらくパソコンをカタカタしてた時かな。
突然、後ろから誰かが俺の耳元に息を吹きかけたんだ。フッと。
すぐに後ろを振り向いたけど、誰もいない。
勘違いかなと思ってまたパソコン作業に戻ったんだけど、しばらくしたらもう一度吹きかけられた。
またすぐに振り返ったけど、やっぱり誰もいないんだ。
いやそれが、人間の息の仕方じゃないんだよ。
なんだかこう、鼻に抜けるような感じだね。
そう、犬とか動物、獣みたいな。
または鼻の削げた人間とか。
とにかくそんな感じの息だったの。
これ、あとで大事な情報になるから。
現場のビルは3、4階建てで、それぞれの階に色んな会社の事務所が入ってたんだ。
で、チラホラ聞くんだよ。
突き当たりのトイレがなんとなく気持ち悪いとか。
閉まっていたはずのドアが音をたててもう一回閉まったとか。
ドアの前を女の影が通り過ぎていったとか。
とにかく、このビルには何かいるんだなって思った。
残業した日から何日か経ったある日、俺は先輩と飲みに行った。
現場近くの飲み屋だったね。
で、先輩がベロベロに酔っ払っちゃってさ。
終電もなくなっちゃったし先輩の自宅までは遠いから、仕方なく先輩を担いで現場のビルまで運んで、そのまま置き去りってわけにもいかないから、そこで俺も一緒に一泊することにしたんだ。
ありあわせのもので寝床を作って先輩を寝かせようとしたら、先輩が吐いちゃってさ。
先輩の服だのタオルだの、洗うことになって。
もう最悪だよ。
ビルの一番突き当たりに例の噂のトイレがあって、その中に水道があるんだけど、聞いていた通り、気持ち悪い感じなんだよ。暗くて、異様な雰囲気で。
俺はそこで洗濯をしながら「こんな時こそ現れて、この洗濯とか手伝ってくれよ」ってつぶやいた。
もちろん、俺に息を吹きかけたであろう奴にさ。
洗濯を終えた頃には、もう深夜だよ。
俺は椅子を並べて、その上に寝たんだ。
しばらく経った頃かな。
椅子が揺れるんだよ。
カタカタって。
最初は地震かな、って思って、俺は目を瞑ったまま、椅子の足を持って揺れないように抑えた。
でも、揺れは止まない。むしろ、強くなる一方なんだ。
ガタガタガタガタ。
さすがにこれは、おかしいって思ったね。
目も開けちゃ、まずいって思った。
揺れに耐えて耐えて、気付いたら朝になってた。
一応、眠れたんだと思う。
俺はすぐに携帯でその部屋の写真を撮った。
あとは一応、例のトイレとか、他に何箇所か撮影した。
そして霊感の強い友達に送信して、聞いたんだ。
「ここ、何かいる?」って。
そしたらすぐに返信が来て、
「一番最初に送られてきた写真が一番衝撃的だ」
って返ってきた。
俺が椅子を揺らされた部屋の写真ね。いつもデスクワークしている事務所のこと。
で、続けてこう書いてあった。
狐と人間が混ざったようなモノが写ってる。首だけ。
しかも、かなり怒ってるみたい。
君、何かしたの?
ほら、さっき言ったろ。
俺の耳元に吹きかけられた息。
獣みたいだったって。
あれ、あながち間違っていなかったんだよ。
とは言え、俺はそいつに何もしてないし、怒らせた理由も分からない。
けど、「手伝って」って言ったのは確かだ。
それがいけなかったのかなぁ。
それからは、一人で残業しなくなったよ。
だって、怖いじゃない。
怒った狐人間の首だけが浮いてるの、見ちゃったらさ。
コメント