体験場所:ブータン
ブータン人の夫の体験談です。
彼が10歳の時、近所に住む4つ年下のA君と一緒に隣町まで遊びに行ったことがあったそうです。
ブータンは山が多く、隣町に行くにも山を越えなければなりません。
彼はA君を自転車の後ろに乗せて山道を走ったそうです。
隣町に到着した二人は時間を忘れて夢中になって遊んでいたらしく、気が付いた時には辺りはすっかり暗くなっていたそうです。
二人は母親に叱られることを恐れ、慌てて自転車に飛び乗り自分達の町へと急ぎました。
来た時と同じようにA君を後ろに乗せて彼が自転車を走らせたのですが、ガードレールもないような山道ですから道を照らすライトなんかもほとんど設置されてなくて、今自分が走っている地面すらも見えないような状態だったそうです。
なので彼は出来るだけ慎重に、でもスピードは緩めないように自転車を漕ぎ続けました。
しばらく行くと、ぼんやりと目の前に何か建物が見えました。
それは病院だったと彼は言います。
もちろん来る時も通った道なので病院の存在は認識していたのですが、どういうわけか帰り道で見るその病院は、よりハッキリとした存在感があったそうです。
妙な違和感を感じながら、その病院の横を通り過ぎようとした時でした。
疲労のためか足元がふらついて自転車ごと倒れてしまったそうなのです。
ガードレールもない山道ですから、彼の体は自転車ごと山へ放り出され、そのまま5メートルほど転げ落ちてしまいました。
頭と前歯に衝撃が走り、それが彼にとって、その日最後の記憶だそうです。
次に目を開けた時には朝になっていました。
母親が自分の頬をバシバシと叩き、ビックリして飛び起きて辺りを見回すと、そこは自分の家でした。
「夢だったのか?」
一瞬彼はそう思ったのですが、前歯が1本なくなっていたのでやっぱり昨日のことは夢ではないと確信したそうです。
どうやって帰ったのか、全く記憶がありません。
母親に尋ねると、
「A君と一緒に帰ってきたんだよ。あんたは服も体もボロボロで、おまけに前歯もなくなってるし…」
と、呆れて言われたそうです。
彼は事の顛末を聞くために直ぐにA君に会いに行きました。
するとA君はこんなことを話してくれたそうです。
昨晩、山から転げ落ちた後、彼は自力で道の上まで這い上がってきたそうです。
もちろん彼にその記憶はありません。
A君が「大丈夫?」などと聞いても彼が質問に答えることはなかったそうです。
そのまま2人で自転車を見つけましたが、彼の姿があまりにボロボロだったのを見かねて、今度はA君が彼を後ろに乗せて自転車を走らせたと言います。
すると、まだ先の長い道のりをA君がゆっくり慎重に自転車を走らせていた時でした。
突然彼が歌い出したそうなのです。
「自分を励ましてくれているのかな?」、そう思ってA君も一緒に歌っているうちに、そのまま山道を無事に抜け切りました。
そうして彼を家まで送り届けると、そのままA君も近所の自宅へと帰ったのだそうです。
話を聞いても全く身に覚えのない事で、そんな状態で自分が歌い出したなんて、その時は信じられなかったと彼は言います。
それから長い時が経ち、彼が大人になった頃でした。
知り合いから、あの夜の山で見た病院について聞く機会があったそうなのですが、あの病院はずっと以前に廃院していたそうなのです。彼がその目の前で転ぶよりはるか昔に。
それを聞いて彼は一つの確信を得たそうです。
あの夜、あの病院を彷徨う何者かの霊が自分の体に入ったのだと
そう考えると、記憶もないあの夜、自分があれだけの行動をとれた事にも説明がつくと、最後に鼻息荒く夫は語ってくれました。
以上が夫から聞いた話です。
この話を聞いて、私は思うことが二つありました。
まず、夫の体が何者かに乗っ取られていたとして、その何者かのなんと心優しいことかという事です。
そもそもきちんと家に帰してくれたわけですし、それに本当の理由は分かりませんが、恐らくA君の不安を拭い去るために歌を歌ってくれたのだと思うと、ブータンの親切な国民性が霊にも表れているなと感じました。
そして、もう1つ。
ちょっとゾッとしたのですが、A君のことです。
一緒に自転車の後ろに乗っていたA君は、なぜ無傷だったのか?
夫の母親は「『あんたは』ボロボロだった」と言ったそうです。
つまりA君はそうではなかったと…
足元も見えない山道で自転車は転び、夫は山を転げ落ちて気を失うほどのダメージを受けたのに対し、後ろに乗っていたA君は一早く転倒を察知して飛び降りたということなのでしょうか?
ほとんど真っ暗な場所で、6歳の子にそんなことが出来るのかと…
もしかしたら、夫より先に、A君の中に誰かが入っていたのでは…?
私はそんな風に思うのです。
以上がブータン人の夫から聞いた不思議な体験談です。
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