
体験場所:滋賀県〇〇市の某病院
これは、私が数年前に入院した時に体験した、今でも忘れることのできない出来事です。
その年、私は滋賀県○○市のある病院で、手術を受けることになりました。
それほど珍しい手術ではありません。
医師からも、必要以上に心配することはないと言われていました。
それでも、やはり手術というのは怖いものです。
私はそれまで入院した経験がほとんどなく、病院という場所そのものにも慣れていませんでした。
特に苦手だったのが、夜でした。
昼間は看護師さんや患者さんの声が聞こえ、病院の中にも人の気配があります。
ところが消灯時間を過ぎると、その雰囲気が一変するのです。
静かな廊下を歩く足音。
遠くから聞こえてくる、医療機器の電子音。
時折、どこかの病室から聞こえる咳払い。
そんな音ばかりが、妙に耳につきました。
そして、手術当日。
朝から準備を済ませた私は、手術室へ向かいました。
緊張で、全身に力が入っていたのを覚えています。
けれど、麻酔をかけられてからの記憶はありません。
次に気がついた時には、私は病室のベッドに寝ていました。
「手術、無事に終わりましたよ」
看護師さんがそう声をかけてくれました。
その言葉を聞いて、私は心から安心しました。
ぼんやりと病室を見回しました。
どうやら、その部屋には私しかいないようでした。
ベッドはいくつかありましたが、使われているのは私のベッドだけ。
まだ麻酔が残っていたのでしょう。
体は鉛のように重く、頭もぼんやりしていました。
少し眠れば、楽になるだろう。
その時は、そう思っていました。
ところが――
時間が経つにつれて、傷口が痛み始めました。
最初は、少し気になる程度でした。
しかし、麻酔が切れてきたのでしょう。
痛みは、だんだん強くなっていきました。
ズキン。
ズキン。
脈を打つたびに、傷口の奥から響いてくるような痛みでした。
寝返りを打とうとしても、体に力が入らない。
少し姿勢を変えようとするだけで、傷口に激痛が走る。
私はじっと耐えるしかありませんでした。
いつの間にか、外はすっかり暗くなっていました。
病室の中も薄暗く、聞こえるのは、廊下を通り過ぎる足音と、遠くで鳴っている機械の音だけ。
痛みのせいなのか、一分が十分にも感じられました。
その時、ふとナースコールのことを思い出しました。
「そうだ……看護師さんを呼ばないと……」
私は手を伸ばそうとしました。
ところが、ナースコールが微妙に遠いのです。
あと少し。本当に、あと少し手を伸ばせば届きそうなのに、そこまで腕を動かすことができない。
無理に体をひねろうとすると、傷口に激痛が走りました。
「痛っ……」
声を出したつもりでした。
けれど実際には、息が漏れる程度の声しか出なかったと思います。
誰か来てくれないだろうか。
誰か、気づいてくれないだろうか。
そう思いながら、私は薄暗い天井を見つめていました。
その時です。
「……大丈夫ですか?」
すぐ近くから、声がしました。
誰の声なのか分かりませんでした。
私はゆっくり顔を横に向けました。
すると、そこに一人のおばあさんがいました。
白髪の、小柄なおばあさんでした。
年齢は七十代くらいでしょうか。
穏やかな顔をして、心配そうに私を見ていました。
不思議なのは、その人がいつ部屋に入ってきたのか、全く分からなかったことです。
ドアが開いた音も、足音も、聞いた覚えがありません。
おそらく、昼間には気付かなかっただけで、同じ病室の患者さんなのだろうと思いました。
ただ、その時の私は痛みでそれどころではありませんでした。
おばあさんは、私の顔をのぞき込むようにして言いました。
「痛いんでしょう?」
私は声を出すことができず、小さく頷きました。
すると、おばあさんはベッドの横を見て、
「あれ、押しましょうか?」
そう言いました。
ナースコールでした。
私はもう一度、頷きました。
正直、泣きそうなくらい嬉しかったです。
あれほど心細かった病室で、自分を気遣ってくれる人がいる。
それだけで安心しました。
おばあさんはナースコールへ手を伸ばし、ボタンを押してくれました。
しばらくすると、看護師さんが病室へ入ってきました。
私は痛みがひどいことを伝えました。
看護師さんはすぐに状態を確認し、痛みを和らげるための処置をしてくれました。
しばらくすると、あれほど強かった痛みも、少しずつ落ち着いてきました。
私はようやく息をつくことができました。
看護師さんが病室を出ていこうとした時、私は思い出しました。
そうだ。おばあさんにも、お礼を言わないと。
私は隣を見ました。
けれど――
病室には、私の他に誰もいませんでした。
「あれ……?」
さっきまでいたはずのおばあさんが、いないのです。
病室の中を見回しました。
けれど、どこにもいません。
その時は、それ以上深く考えませんでした。
痛み止めが効いてきたこともあり、私はそのまま眠ってしまいました。
翌朝。
目を覚ますと、前日の夜よりずっと体が楽になっていました。
そして、昨夜のおばあさんのことを思い出しました。
ちゃんと、お礼を言いたい。
そう思いました。
おそらく同じ病室に入院している患者さんだったはず。
けれど、病室を見回しても、他のベッドに人はいませんでした。
そこで、病室に来た看護師さんに聞いてみました。
「あの……昨日の夜、ここにいたおばあさんなんですけど」
看護師さんは首をかしげました。
「おばあさん?」
「はい。白髪の、小柄な方です。私が痛くて動けなかった時に、ナースコールを押してくれて……」
そう説明すると、看護師さんは不思議そうな顔をしました。
「……同じ病室の患者さんですか?」
「たぶん、そうだと思うんですけど」
すると、看護師さんは少し黙りました。
そして、こう口にしたのです。
「この病室、昨日はあなた一人だけですよ」
一瞬、何を言われたのか理解できませんでした。
「え?」
「他の病床には、今は誰も入っていませんよ」
私は思わず言いました。
「いや……でも、いましたよ」
自分でも驚くほど、はっきりした声が出ました。
「白髪のおばあさんです。ここにいて……ナースコールを押してくれたんです」
看護師さんは困ったような顔をして、病室の中を見回してから言いました。
「でも、この部屋には何日も、他の患者さんは入っていないんですよ」
その言葉を聞いた瞬間、背中が、すっと冷たくなりました。
だったら――
昨日の夜、私の隣にいたあのおばあさんは、誰だったのでしょう。
他の病室の患者が入り込んだのでしょうか。
術後で意識が混乱していたのでしょうか。
麻酔の影響で、幻でも見ていたのでしょうか。
それとも、全て夢だったのでしょうか。
それが一番、説明がつくのかもしれません。
でも――
どうしても腑に落ちないことがあります。
もし夢だったのなら、あの時、誰がナースコールを押したのでしょう。
私の手は、どうしてもボタンまで届かなかったですし、実際ボタンを押した覚えもありません。
それに、あのおばあさんの声も、私を心配そうに見つめていた表情も、今でもはっきり覚えています。
不思議なことに、私はあのおばあさんのことを怖いとは感じません。
むしろ、感謝しています。
あの夜、一人きりの病室で、痛みに耐えていた私に、
「大丈夫ですか?」
と声をかけてくれた人。
あのおばあさんが何者だったのか、今でも分かりません。
おそらく、答えを知ることは、もうできないでしょう。
ただ――
一つだけ、私の中で確かなことがあります。
あの夜。
誰もいないはずの病室で、確かに私は助けられたのです。

他にも「滋賀県の怖い話」複数ございます。
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