体験場所:大阪府寝屋川市
私が小学生の頃、地元の寝屋川市で体験した話です。
私が小学校へ向かう通学路の途中に小さな公園がありました。
真ん中には大きな銀杏の木があって、木の周りを取り囲むようにベンチがあるのですが、いつもほとんど誰もいない寂しい公園でした。
そんな場所で一人だけ、よく見かけるおばさんがいました。
50代半ばくらいの小柄なおばさんで、いつも公園のベンチに一人で座っていました。
髪の毛がボサボサで服もよれており、ともすればホームレスの人かと思うような出で立ちでした。
小学校からの帰り道、夕暮れの赤い空を背景におばさんがベンチに座っているのを、私はほぼ毎日見かけていたと思います。
最初の内、いつもここで何してるんだろう?と、道すがら、気になっておばさんの様子を見ていたのですが、ベンチに座ったままおばさんは、下を向いて何か呟いている様子でした。
見るとおばさんの足元には、たくさんの鳩が集まっていました。
公園に来る人はみんなエサをくれるものだと思っているのか、鳩は遠慮することなく、催促するようにおばさんの足元に詰めかけていました。
おばさんはどうやらその鳩に向かってボソボソと何か話し掛け、たまに小さいバッグからパンを取り出し、それを千切って投げてやっているようでした。
小さな公園なので、前の道にいる私からも、ベンチに座るおばさんの姿はすぐそこなのですが、思いの他おばさんの声は小さくて、夕方の街の音に掻き消され何を話しているのかまでは聞き取れませんでした。
絶え間なく鳩に話しかけているおばさんの様子は、全く不気味でなかったと言えば嘘になります。
ただ、私の親戚にも同じように飼い猫にいつも話しかけている50歳くらいの一人暮らしの人がいたので、まあそういう人もいるのだろうと思うだけの事でした。
ですが公園の前を通る時は何となく、そのおばさんの事を目で追いながら通り過ぎるのが習慣になっていました。
ある日、学校の友達と放課後残って遊んでいて、下校時間がいつもより遅くなった時がありました。
空はもうかなり暗くなっていて、私は「早く帰らなければ」と慌てて家路を急ぎました。
急ぎ足のまま、いつものように例の公園の前を通り掛かった時です。
ついいつもの習慣で公園の方へ目をやると、もう暗い時間にも関わらず、まだあのおばさんの姿がそこにありました。
他に誰もいない、ほぼ真っ暗な公園の中で、いつものように銀杏の木を囲むベンチに座って下を向いているおばさん。
そしていつものようにボソボソと何か呟いています。
「まだ鳩と話してるんだ~」と思いながら、いつものように通り過ぎようとしたその時、私はあることに気が付いて思わず立ち止まりました。
おばさんの足元には、鳩が一羽もいないのです。
明るいうちはエサを求めてベンチに群がっている鳩ですが、もう暗くなったその時間には、その姿は一羽たりとも残っていませんでした。
それなのにおばさんは、ボソボソボソボソと、いつものように何かにずっと話しかけています。
何もいない、真っ暗な足元の空間に向かってです。
その異様さは、昼間目にするそれより更に気味悪くて、思わず私は息をするのも忘れておばさんに見入っていました。
夜だから、街の音がいつもより静かで、それに暗闇で耳の感覚が研ぎ澄まされていたのかもしれません。その時、初めて私の耳におばさんの声が聴こえてきたんです。
『もうちょっとだからね、もうちょっとでそっちへ行くからね』
それは、なにか懐かしむような、とても穏やかな声でした。
ですが、その異様な言葉と光景は、まだ小学生だった私には恐怖でしかなく、すぐさま私は駆け出して全速力で家に帰ったんです。
それまで、夕方におばさんを見かけた時は、たまたまその足元に鳩が集まっていただけで、それでてっきり私はおばさんが鳩に話しかけているものだとばかり思っていました。ですが、どうやらそれは違ったのだと、その時ようやく気が付いたんです。
あのおばさんが話してた相手は鳩などではなく、おばさんにしか見えない『何か』なのだと。
あの夜聴いたおばさんの声は、しばらくずっと耳に残っていました。
『もうちょっとだからね、もうちょっとでそっちへ行くからね』
あのおばさんに何があったのかは分かりません。
「そっちへ行く」というあの言葉は、おばさんの身近で亡くなった誰かへ向けたもののように聞こえました。
もしかしたら、おばさんは幻覚でも見ていたのでしょうか?
それとも、実際にその相手があの公園にいたのか…
私が毎日あのおばさんを覗いていた時も、ずっとあそこに…
今となってはそれを知るすべもありませが、どちらにしても、他人の私が覗き見ていいものではないと思っています。
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