体験場所:高知県高知市 某小学校
私が小学生の頃、クラスで酷いいじめが蔓延していました。
いじめの主犯格はクラスで一番目立つ女の子で、杏里ちゃん(仮名)といいました。
杏里ちゃんが嫌いな子がいつもターゲットにされ、その度にいじめが始まるんです。
私はなるべく杏里ちゃんの目に留まらないように気を付けて、遠すぎず近すぎない距離を保っていました。
それでも杏里ちゃんが次のターゲットを探している時は、私も他のクラスメートと同様にビクビク怯えていました。もし自分がいじめを受ける立場になったらどうしようかと、いつも不安で怖かったんです。
あの時も、杏里ちゃんが次のターゲットを探してあちこち目を光らせている頃でした。すごく中途半端な時期にも関わらず、クラスに転校生がやって来たのです。
それが、誰もが目を見張るくらい、驚くほど顔の可愛い女の子でした。
そのため転校初日から彼女は周りからチヤホヤされていたのですが、私はそんな様子を遠巻きに見ながら、内心ドキドキしていたんです。
だって、あからさまにその転校生に向け、杏里ちゃんが嫌な視線を送っていたから。
それは明らかに敵意を剥き出しにした目だったのです。
案の定、やはり翌日には、杏里ちゃんの次のいじめのターゲットはその転校生になっていました。
昨日まであれほどチヤホヤしていたクラスメイト達も、蜘蛛の子を散らすように転校生から離れ、それから直ぐにあからさまないじめが始まりました。
私も全てを見ていたわけではありませんが、杏里ちゃんの取り巻き数人が、転校生の教科書や筆記用具を隠しているところを何度か目撃したことがあります。他にも使いかけの雑巾を投げつけられ、無理やり掃除をさせられている転校生を見たこともあります。
私はそんな状況を見ながら、また杏里ちゃんにいじめられ、どんどんボロボロになっていく子の姿を見ないといけないのかと、日に日に気持ちが沈んでいくように感じていました。
ですが、しばらくして気が付いたのですが、今回のいじめはいつもと少し様子が違ったのです。
これまで、どんなに元気で明るい子でも、杏里ちゃんのいじめのターゲットにされてしばらく経つ頃には、廃人のように暗くなり、絶望感を漂わせるようになっていました。
それなのに、その転校生はどんな陰湿ないじめを受けても全く動じる様子もなく、毎日ケロリとした感じで学校に来ていたのです。
その姿が何だかすごく飄々としてカッコ良く、そんな転校生に私は羨望の目を向け秘かに応援していました。
ただ、一つだけ気になることがありました。
それは転校生の独り言でした。
そばを通ると、転校生がたまに独り言を話しているのが聞こえたのですが、その言葉がすごく物騒で、「そろそろ殺す」とか「後始末は任せた」とか、それは普段の飄々とした転校生の姿からは想像できない、すごく不穏なものに感じました。
不思議だったのは、独り言にしては転校生の声は随分と大きかったので、クラスの誰もが聞いていたはずだと思うのですが、その割には杏里ちゃんやその取り巻きが何の反応も示さなかったことです。
いじめている相手がそんなことを呟いていたら、杏里ちゃんたちならすぐにカッとして何か仕掛けそうなものなのに、なぜかその独り言はスルーされているようでした。
ある日のことでした。
放課後に掃除を終えて帰ろうとした時のこと。
転校生が杏里ちゃんに連れられ、運動場の裏にある竹林に入って行くのを見かけました。
杏里ちゃんからはいつも以上に悪意の気配を感じました。
私の他に見ている人はいないし、誰かに伝えるべきか悩みましたが、後になってチクったことがばれるのも怖くて、どうしようと悩んだ末、私はこっそり二人の後をつけることにしたんです。
気付かれないように、音を立てず二人の後をしばらく行くと、竹林の中ほどまで来て二人が立ち止まりました。
私は二人から離れた木陰に隠れ、そこから様子を覗き見ていました。
何か話しているのでしょうか、二人はしばらく向かい合うように立っていました。
すると突然、杏里ちゃんが転校生の長い髪の毛を引っ張って地面に顔を擦り付けたのです。
おそらく土下座させようとしているのだと思いました。
私にはそれを止めに入る勇気がなく、ただただジッと木陰に隠れ、その様子を見続けていました。
すると急に杏里ちゃんが自分の首を引っかくように藻掻き、苦しみ始めたのです。
なぜそうなったのか私には訳が分かりませんでした。
困惑しながらも、とにかくその光景から目を離さずにいると、次の瞬間、急に杏里ちゃんが大きな悲鳴を上げたんです。
驚いて私は、更に伸びをするようにして向こうの様子を覗き見ると、杏里ちゃんの足下に何か獣のようなものがいて、それが杏里ちゃんの足を咥えているのが見えました。
「え!?」っと驚く間もなく、そのまま杏里ちゃんは物凄い勢いで竹林の奥へと引きずられて行ったのです。
杏里ちゃんの悲鳴は恐ろしいくらいのスピードでどんどん遠のいていきました。
一瞬呆気にとられた後、ハッと気付いた時には私は猛ダッシュでそこから逃げていました。
見つかったらまずいと本能的に思ったのです。
翌日になって、私はいつも通り学校へ行きました。
その日から杏里ちゃんは学校に来なくなりました。
私は竹林でのあの出来事が絶対に関係していると思い、杏里ちゃんが学校を休んでいる理由をそれとなく先生に聞いてみました。
だけど、先生の答えは「しばらく家の事情で学校を休むらしい」ということでした。
例の転校生は、それからすぐ、また別の土地に引っ越していきました。
学校にいたのはほんの3~4か月くらいで、再び転校した後には、まるで転校生なんて最初からいなかったかのように、彼女の話題はクラスから消えました。
杏里ちゃんが学校に来なくなって以来、いじめは自然と消滅しました。
私はそれがとても嬉しく、ようやく安心して学校に行けるようになりました。
これまで杏里ちゃんにいじめられていた子たちも、だんだんと元気を取り戻しているようでした。
あの日、竹林で見た光景は、私の夢だったのかもしれい、と思うことがあります。
だって、とても現実だとは思えないような出来事でしたから…
あの日から学校を休み始めた杏里ちゃんは、そのまま二度と学校に来ないまま卒業しました。
それと、後から知ったのですが、杏里ちゃんの家があった場所はいつの間にか更地になっていました。
それと、転校生が呟いていた独り言ですが、あれは私以外の人には聞こえていなかったらしいのです。
しばらく経ってからクラスメートに確認すると、みんなに変な顔をされてしまいました。
あの転校生が何者だったのか、詳しいことは全く分かりません。
けれど、私が聞いたあの独り言が犯行予告だったのだとしたら、やっぱりあの日、杏里ちゃんは無事に家には帰れなかったのだと思います。
あれから随分経ちますが、杏里ちゃんが今現在どこにいるのか私には分かりませんし、調べてみる気もありません。
ただ、あの日、学校の裏の竹林で見た光景が、今も夢に出てくることがあります。
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