体験場所:福岡県福岡市
私はどちらかといえば、幽霊やオカルト話といったものを信じているタイプの人間です。
ですが、生まれてこの方そういったものを実際に見たり、目に見えない何かに苦しめられたり、そんな体験をしたことはありません。
ただ最近、幽霊が見える女の子のアニメが流行っているという話を聞いて、私は、一人の少年のことを思い出したのです。
私が中学生だった頃、一人の友人がいました。
名前はAといいました。
Aは同じ小学校からの同級生で、とても大人しいタイプの男の子でした。
家に遊びに行くと、Aの部屋には幽霊や妖怪の図鑑、怪しい魔術や呪いについて書かれた本、不気味なガイコツやエイリアンの人形などがたくさん置いてあり、彼はそういう『目に見えない何か』が本当に大好きな子でした。
中学生にもなると、周りの子たちがオシャレや恋愛の話で夢中になる中、私とAはいつもそんなオカルト話を語り合い、二人で盛り上がっていました。
ある週末、私とAは、他の友人二人を含めた四人で、福岡の大きなショッピングモールに映画を観に行くことがありました。
モールに着くと、私たちはエスカレーターに乗って、三階にある映画館に向かいました。
エスカレーターに面した建物の壁側は、外の駐車増が見渡せる大きなガラス張りの窓になっていたのですが、エスカレーターに乗っている間、Aはずっと窓の外を眺めていました。
3階の映画館に到着し、早速チケットを買おうとした時、Aは言いました。
「窓の外にいたよ」
私も、一緒にいた友人二人も、(またいつものヤツが始まった…)と、そう思いました。
Aが幽霊やオカルトの話が大好きなのは、小学校のころから周囲の人たちには知られていました。
そして、Aがよく「自分は幽霊が見える」と言っていたことも、私たちは知っていたのです。
それはほとんどが他愛もないもので、近所でお葬式や法事が行われていると、「ほら、あそこに立っているよ」と言うくらいの月並みなもので、周りの数人ほどが怖がってくれる程度のものでした。
今回も特に意味はなく、ただ私たちを怖がらせるためだけに言っているのだと思いました。
ただ、Aの顔がいつもとは違って真剣そのもので、(ひょっとしたら、本当に何かがいたんじゃないか…)と、恐らく私だけ、少しだけそんな風に思いました。
それでも、せっかくここまで来たのです。そんな煩わしい戯言は放っておいて、私たちは早く映画を観ようとAを促したのですが、
「窓の外にいた。僕は帰る。」
そう言って、Aは一人で帰ってしまったのです。
結局、私たちは三人だけで映画を観ました。
映画を観ている間も、私はAのあの真剣な表情が頭から離れませんでした。
映画を観終わった後、いつもならフードコートで何か食べて、ゲームセンターにでも行くところなのですが、友人を一人で帰らせてしまったため、そんな気分にもなれず、私たち三人はそのまま帰宅したのでした。
週明けの学校が始まっても、Aは姿を見せませんでした。
先生が、「Aは体調を崩したからお休みするそうだ」と言っていたので、(風邪でもひいたのかな?)なんて思っていたのですが、二日、三日と経っても、Aが学校に来ることはありませんでした。
当時、私もAもまだ携帯電話など持っていなかったので、心配になった私は、彼の家を訪ねてみることにしました。
平凡な住宅街に建つAの家に来たのは久しぶりでした。
家に着くと、私は早速、玄関脇に付いてあるインターホンを押しました。ですが、全く何の反応もありません。
私は玄関をノックして、Aの名前を呼んでみましたが、しばらく待っても誰かが出てくるような気配はありませんでした。
(あれ?体調を崩したと言うから、家にいると思ったけど…留守か。)
そう思い、諦めて帰ろうかと思ったその時でした。
玄関の扉越しに、Aの小さな声が聞こえてきました。
「いっぱいいる。外にいっぱい…」
私は、きっと怖くなって、Aに声を掛けることもせず帰ってしまったのだと思います。
その時のことは、正直あまりはっきりとは覚えていません。
ただ、Aとはそれっきりです。
Aが学校に来なくなって数か月後、彼が引っ越してしまったと聞きました。
それから今に至るまで、私はAのことを思い出すこともありませんでした。
お別れを言えなかった寂しさと、最後に扉越しに聞いた小さな声は、はたして本当にAの声だったのかという妙な違和感が恐ろしくて、無意識に思い出さないようにしていたのかもしれません。
今、三歳になった私の息子は、時々、窓の外や誰もいない道路を指さしてこう言います。
「じぃじおる」
私は笑って、「そうだね、じぃじおるね」と返事をします。
私が知らないだけ、もしくは、みんなが言わないだけで、何かが見えている人間なんて、本当はたくさんいるんじゃないでしょうか。
もしかしたら、覚えていないだけで、誰しもが小さい頃、他の人には見えない何かが見えていたんじゃないでしょうか。
最近Aのことを思い出し、そんな事が頭をよぎり、できればこの子も、私のように何も見えない大人になって欲しいと、今はただそう願うばかりです。
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