体験場所:東京都町田市
これは、私が実際に体験した話です。
私は大学受験に失敗し、高校卒業後は予備校に通うことになりました。
実家は郊外にあり、予備校へ通うには少し距離があったため、その近くに部屋を借りることにしました。
しかし、安くて手ごろな物件はなかなか見つからず、いくつかの不動産屋を巡った末にようやく見つけたのが、駅から徒歩10分の木造アパートの一室でした。家賃も安く、日当たりも良好。これは好物件だと判断した私はすぐにその部屋を決めました。
一階と二階それぞれ5部屋づつのどこにでもあるような二階建てアパートで、一階の角部屋101号室が私の部屋でした。
引っ越してまず実家から届いた段ボールを整理した後、近所に挨拶もしておこうと、私は隣の102号室と上階の201号室へ菓子折りを持って行くことにしました。
まずは隣の102号室を訪ねたのですが、扉をノックしても誰も出てきません。
「留守かな?」と思い、次に201号室へ向かうと、中年の愛想の良い女性が出迎えてくれました。
軽い世間話のついでに「102号室は留守みたいですね」と話すと、その女性は「あそこは半年くらい前から空き部屋ですよ」と教えてくれました。「留守ではなく誰も住んでいなかったのか」と納得し、私はそのまま自室に戻りました。
その夜のことでした。
夕食を買いに近くの弁当屋へ行きアパートに戻ってくると、誰も住んでいないはずの102号室の曇り窓から、微かに灯りが漏れているのです。
「誰も住んでいないはずなのに…」と不信感が湧きましたが、怖くて確認することは出来ず、私はそのまま音を立てないように自室に戻りました。
それから数日、予備校とバイトに追われ、102号室のことはすっかり忘れていました。
その数ヶ月後のある夜でした。
部屋で勉強をしていると、突然部屋のドアを「コツコツ」と叩くような音が聞こえました。
小さな音だったので、「気のせいかな」と思い、無視して勉強を続けていると、再び「コツコツ」と音が鳴りました。
「やっぱり誰か来てるんだ。こんな遅くに誰だろう?」と、ドアの小窓から外を覗くと、長い髪が顔にかかった気味の悪い女性が、私の部屋の前に所在なさげに立っているのが見えます。
「誰だろうこの人?」と思いながら、私はドアを開けずに「何か御用ですか?」と声を掛けました。
すると彼女は、「隣に引っ越してきた者です」と答えました。
その瞬間、なぜか私は総毛立ち、「このドアを絶対に開けてはいけない」と本能的に感じ、「挨拶でしたら明日にしてもらえますか?」とドアの向こう側に伝えました。
すると、女性は何も言わずにその場を立ち去っていきました。
その夜は妙な不安に襲われたまま勉強も手につかず、私はそのまま布団に入って眠りました。
翌日、予備校から帰宅すると、再びあの女性が挨拶に来るのかとドキドキしていたのですが、そんな気配はないまま夜も更け、こちらから行くのもおかしいのでそのまま放っておいたのですが、結局その日女性が訪ねて来ることはありませんでした。
以降も、女性が再び挨拶に来ることはなく、アパート内で顔を合わせることも一度もありませんでした。
一年後、私は希望していた大学に無事合格し、大学の近くへ引っ越すことにしました。
今の部屋を解約するため不動産屋を訪れた際、ふと私は102号室のことを思い出し、「あの、102号室の方って、いつから住まれてたんですか?」と何気なく訊ねました。
すると不動産屋の人は不思議そうな顔をして、「102号室はずっと空き部屋ですよ?」と言うのです。
私は背筋が凍る思いでした。
それじゃあ、あの女性は一体誰だったのか?
102号室の窓から見えた灯りはなんだったのか?
今となっては知る由もありません。
コメント