
体験場所:秋田県D市の旧道沿い 山中にある廃校跡
数年前の夏、大学時代の友人Aと久しぶりに再会し、夜のドライブに出たことがありました。目的地は特に決めていませんでしたが、Aが「昔から地元の肝試といえばっていう有名な場所があるんだ」と言い出し、D市の山中にあるというその旧校舎跡へ行くことになりました。
地元では「そこはもう取り壊された」と言う人もいれば、「まだ残っている」と言う人もいて、現存するのかもハッキリしないような場所でした。
国道から外れて細い旧道を進むと、徐々に街灯も寂しくなり、気付くとヘッドライトの光すらも飲み込むような深い闇が道の先まで続いています。窓を少し開けると、湿った草の匂いと虫の鳴き声が車内に入り込み、夏の終わり特有の重たい空気を運んくるようでした。
しばらく進むと、左手の森の奥に、朽ちかけた木造の建物が見えてきました。それは古い校舎のようで、あの廃校はまだ残っていたんだと、言い出しっぺのAも驚いているようでした。
道端に車を停めて、私たちは懐中電灯を片手に建物へ向かいました。
平屋建ての校舎。その入り口の扉は外れており、廊下の奥まで暗闇が続くのが外からも分かります。
足を踏み入れると、ギッと床板が沈み、長年の湿気を含んだ木の匂いが鼻をつきました。壁には色あせたポスターが残っていて、まるでそこだけ時間が止まっているようでした。
廊下の奥を照らしながら先に進んでいると、私たちの足音に交じって、背後から「コツ、コツ」と小さな音がしました。咄嗟に振り返りましたが、誰もいません。風もなく、虫の声すら遠のいたみたいで、私たちが歩みを止めると静寂だけが残ります。
その時、すぐ横の教室、廊下との仕切り窓の内側を何かが横切りました。電灯の光を反射した影がスッと一瞬だけ見えたんです。
思わず息を飲み、「今、何か通らなかった?」とAに言うと、彼は黙って頷くだけ。
その直後でした。私たちの背後、廊下の奥から複数の足音がバタバタバタと近づいてきたんです。
規則的なリズムで、それは人の足音そのもの。反射的に懐中電灯を向けましたが、光の先には誰もいません。それなのに足音だけが近付いて来るんです。
足音は次第に早くなり、メシメシメシメシッと、床が軋む音に混じってこちらに迫ってきて、私たちは何が起きてるのか分からず恐怖だけが込み上げ、言葉も発するよりも先に体は玄関へ向かって駆け出していました。
背後から迫る足音を振り切り外へ飛び出した瞬間、私は後ろを振り返りました。
校舎の中の廊下は奥まで暗闇が続いていて、シンっと静まり返っています。来た時と同じ光景です。他に何の動きもありません。懐中電灯の光が、廊下の闇と古びた校舎の壁を照らしているだけでした。
そのまま、私もAも暫く呆然としていました。
すると、リーリーリーと虫の音が聞こえてきて、まるで世界に音が戻ったような気がして、ハッと我に返りました。
車に戻り、エンジンをかけると、時計は0時33分を示していました。到着してから1時間以上が経過しています。信じられない体験をしたものの、ただ私たちは中に入ってすぐに出て来ただけ。なので体感的にはせいぜい10分ほどかと思っていたのですが…
帰り道、私たちは無言のままでした。ラジオをつける気にもなれず、ヘッドライトが照らす白線だけを見つめていました。
後日、気になってあの廃校舎について調べてみたのですが、そこで驚くべき事実を知りました。
あの廃校舎、実は10年以上も前に既に取り壊さていたようなのです。調べた記事では住所も一致しています。
信じられんせんでした。
あの夜、私たちは実際にあの廃校舎に足を踏み入れ、そして恐ろしい体験をしました。その記憶に間違いはありません。あの夜の出来事が幻だったとは到底思えないのです。まるで狐につままれたような気分でした。
ただ一つだけ、間違いのない確かな出来事がありました。あの夜の帰宅後に気づいた小さな違和感です。Aの車のトランクに泥の跡がついていたのですが、それがまるで、子どもの靴の形をしていたのです。
でも、あの夜の私たちはただ虚ろで、互いに何も口にすることなく、そのまま黙って洗車を済ませました。
今も夏の夜に山道を走っていると、ふとあの時の湿った空気を思い出します。
あの校舎は本当に幻だったのでしょうか。それとも、原因は分かりませんが、あの夜だけ当時の校舎が現世に姿を現したのか、今となっては確かめる術もありません。確かめる気もありませんが。

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