体験場所:東京都新宿区 Kホテル
この話は、私の友人が実際に体験した話です。
今から10年ぐらい前、友人のA君は仕事の関係で東京に住んでいました。
仕事も順調で、充実した東京生活を送っていたA君は、ある時、Bさんという女性と知り合い交際する事になったのです。
Bさんは結構な美人で、年齢は30歳、飲食店で働く明るい女性でした。
休日にはデートを重ね、二人の仲は急速に縮まっていったそうです。
交際が始まり一ヶ月が過ぎた頃でした。
その夜、二人は食事をした後、ホテルに泊まることにしたそうです。
宿泊先は東京の新宿にある『Kホテル』というところでした。
夜9時頃にチェックインしてボーイに案内されたのは、20階にある部屋でした。
部屋から窓の外を見ると、目の前には美しい東京の夜景が広がっており、二人はそんな綺麗な光景を一緒に見られたことに感動したのだそうです。
まずは少しくつろごうとテレビを点け、少し小腹が空いたからと頼んだルームサービスのお寿司をつまみに、一緒にお酒を飲みながら、二人は楽しい時間を過ごしていました。
最初に異変が起きたのは、チェックインしてから一時間ほど経った頃でした。
突然『プチッ』とテレビの電源が落ちたのです。
「あれ?何これ…」
不思議に思いながらA君がもう一度電源を入れてみると、テレビは普通に点くのですが、また1分ぐらいしたら『プチッ』と電源が落ちるのです。
テレビの音が消えるのと同時に、部屋にも沈黙が流れます。
「…あっれ?おっかしいな。故障かな?」
なんだか気味が悪くなりましたが、狼狽える様子をBさんに見せないようにA君は出来るだけ明るく振舞っていると、『プツッ』と、今度はテレビが勝手に点いたのです。
「え?何だろ・・・?これ・・・」
部屋にはどことなく重苦しい空気が立ち込めてきました。
さっきまでの楽しい気分は嘘みたいに消え失せ、どことなく気まずさすら漂う雰囲気に耐え切れなくなったA君は、
「ちょっと俺、風呂、入ってくる…」
そう言って、浴室へ向かったのだそうです。
すると、
「ぅわーーーー!!!」
突然のA君の叫び声に驚いて、直ぐに浴室に向かったBさんも、その光景を目の当たりにして言葉を失いました。
浴槽に、真っ黒なお湯が湧いていたそうです。
そこから立ち昇る湯気をしばらく呆然と見つめ、ハッと我に返ったA君がフロントに電話をかけると、直ぐにスタッフが駆け付けました。
浴槽の中を見たスタッフも、その強烈なお湯の色にしばらく顔をしかめていましたが、やがて気を取り直して黒いお湯を流すと、黙々と浴槽をくまなく掃除して再び新しいお湯を張ってくれました。
さっきまで訳の分からない真っ黒いお湯が張っていた浴槽に、身を投じるのは若干気が引けましたが、これまでのモヤモヤした嫌な気分を払拭する為にも、A君は思い切ってお湯に浸かりました。
浸かってみると当然お湯は温かく、A君も少しは心が晴れるような気持ちでユッタリし始めた時、
『パチンッ』
今度は風呂場の電気が消えたのです。
ビクッとしたA君は直ぐに湯舟から上がり、外に出て電気のスイッチを押すのですが、全く反応がありません。
パチンパチンと何度スイッチを押しても浴室の電気は消えたまま、何となく慌ただしい様子が気になったBさんが浴室に来た途端、パッと電気が点いたのです。
「…なんか…この部屋…おかしくない?」
足元からスーッと冷えるのを感じた二人は、とにかく今日は早いとこ眠ってしまおうとベッドに入りました。
その夜中、深夜の12時頃でした。
何かが動く気配を感じてA君は目を覚ましました。
「んん…なんだ…?」
ゆっくりと目を開けると、ベッドの前のカーテンがバサバサとはためいているのが見えます。
「風が強いなぁ…」
と寝ぼけながら一瞬思ったのですが、そもそも寝る前に窓は開いていませんでしたし、就寝後にBさんが開けたとも思えません。
徐々に意識がはっきりとしてきたA君は、就寝前の一連の怪現象を思い出して再びゾクリと寒気を感じ、もう一度眠ってしまおうと再び横になってギュッと目を閉じました。
(早く寝よう、寝よう、寝よう…)
そう思えば思う程、意識は更にハッキリとしてきて、バサバサとはためくカーテンの音も一層強くなってきたように感じます。
気になってどうしても眠れないA君は、怖くて隣で寝ているBさんを起こし、
「ねえ、あのカーテン、バサバサって勝手に動いてるよ…」
怯えるようにそう伝えると、二人で暫くカーテンを見つめていました。
まるで風に吹かれるように揺れるカーテンは、徐々にその動きを強めていきます。
「もしかしたら、本当に窓が開いているのかもしれない…」
そう思って、A君は意を決してベッドから降りると、カーテンに近寄りました。
バサバサとたなびくカーテンの隙間から窓を見ると、やっぱり窓はきっちりと閉まっていて、更には鍵までされています。
もちろん部屋の中は無風です。
それなのに今、目の前にあるカーテンは、ベッドの方に向かって勢いよく舞っているのです。
「どうして…?」
A君がそう思った瞬間でした。
カーテンの向こうの窓の外を、誰かが落下していったのです。
「え!?」
窓の外を大人の男性らしき人影が落ちていくのを、揺れるカーテンの隙間から確かにA君は見たのだそうです。
「上から人が落ちて来た!?自殺だ!どうしよう…」
そう言ってパニックになるA君。
いつの間にかカーテンの揺れは収まっていました。
とりあえず、早くホテルの人に伝えようと、A君は急いで1階のフロントに行きました。
「今さっき、人が上から落ちたみたいで、飛び降り自殺だと思うんだけど!」
あたふたとフロントでそう伝えるA君を見て、スタッフも慌ててホテルの外へ確認に向かいました。
A君もどうしていいか分からず、何となく流されるようにスタッフに付いて外へ出ました。
目の前では、慌ただしく何名かのスタッフが、A君の部屋の真下に当たる場所を確認していました。
ですが、飛び降りた人物はもとより、辺りには人が落ちた形跡すら一切見当たりませんでした。
「お客様…目の錯覚じゃないですか?もしかしたら…夢とか、では?」
(いや…そんなバカな…俺は確かに見た…)
A君はそう思ったのですが、確かに辺りには何一つ飛び降りの形跡がありません。納得は出来ませんでしたが、スタッフがそう言うのも当然かと思い、
「え?…あれ?…おかしいな?勘違い…かな?すみません。」
A君はそう言って頭を下げると、トボトボと部屋に戻ったそうです
翌朝、早々にA君はBさんと一緒にKホテルを後にしたそうです。
週が明け、会社に出社したA君は、Kホテルで体験した一連の奇妙な出来事を同僚に話してみました。
すると1人の同僚が『Kホテル』という名前を聞いて、あることを思い出してこう言ったそうです。
「Kホテルって、確か俳優のOが飛び降り自殺したホテルだよな。ほら、あの刑事ドラマとかに出ていた2枚目俳優…。もしかしたら、Aが部屋の窓から見た男って、その俳優Oなんじゃないか?」
「え!?その人が、今も飛び降りを繰り返してる・・・ってこと?」
予想外の話に、A君は思わず口からそうこぼれ、すぐにネットで検索してみました。
1983年の6月、俳優のOさんが『Kホテル』の最上階から飛び降り自殺。
その事実をAさんが知ったのは、その時が初めてだったそうです。
「ホテルの下に飛び降りの形跡は一切なかった。けど俺は本当に見たんだ。だからやっぱり、窓の外を落ちていったあの男性は、俳優のOさんだったのかもしれないなぁ…」
私にそう話してくれたA君の真っ青な顔は、今も忘れられません。
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