体験場所:愛媛県松山市内のアパート
これは私の実体験になります。
大学生だった当時、私は愛媛県松山市内のアパートで1人暮らしをしていました。
家賃3万6千円でワンルームの安アパートでしたが、家賃の割りには決して古いわけでもなく、私は快適な生活を送っていました。
そんな頃、大学とアパートを行き来する日々の中で、私はある女の子をアパート周辺でよく見かけるようになりました。
年の頃は、おそらく小学生になるかならないかくらいの年齢だと思います。
セミロングの髪で、いつも白いワンピースに赤い靴を履いていました。
見かけ始めた頃は、どこか近所の子だろうと思うくらいで、それ以上、特に気に留めることもありませんでした。
ただ、アパートには子供のいる世帯はないと聞いていたのですが、それにしてはアパートの周辺で、それも私が部屋を出入りするタイミングで何度も見かけるので、次第にどこの家の子なのだろうと気になるようになりました。
ある日のことでした。
大学に行こうと部屋を出たところ、玄関ドアのすぐ前にあるアパートの柱の影、そこに女の子が隠れているのを見つけました。
それがあまりに部屋の目の前だったので、私は少し驚いたまま、「…何してるの、かな?」と、女の子に声を掛けました。
「かくれんぼ。」
女の子はそれだけ言って、にやっと笑みを浮かべると、直ぐに走り去ってしまいました。
(恥ずかしかったのかな?白いワンピースに赤い靴って組み合わせもちょっと珍しいよな。それにしても正直変な笑顔だったな。)、私はそんなことを思いながらも、それ以上の詮索をすることもありませんでした。
それからしばらくして、突然私のアパートの両隣りの住人が引っ越していきました。
引っ越しの理由は知る由もないので、私としては(一気にお隣さんがいなくなったなぁ)、というくらいの気持ちしかありませんでした。
その頃からでした。
夜、悪夢にうなされたり、金縛りに遭うようになったのは…
これは、私だけではなくて、私の部屋に泊まりに来た友人にも同様の現象が起きるようになりました。
ある友人が私の部屋に泊った時、自分が寝ている夢を見たそうなのですが、「その夢の中の自分の耳元で、女の子の声が聞こえるんだ…」と言って気味悪がっていました。
その頃から、私もだんだんと、得体の知れない気味の悪さを感じ始めていました。
その間も、アパートの周辺で女の子の姿をたびたび目にしました。
と言っても、その子は私に会ってもそそくさといなくなるか、目が合った時に、にやっとあの笑みを浮かべるくらいものでしたが、なんだかそれさえも気味が悪く思え、
(まさか、最近起きている奇妙な現象に、あの子が何か関係しているのか?…いやまさか、そんなことはないだろう)
そんなことを考えるようになりました。
また、それとは別件なのですが、私には自分の部屋に関して以前から1つだけ気になっている点がありました。
それは、私の部屋だけが他の部屋に比べて家賃が低いことです。
このアパートの家賃はどの部屋も4万円のはずなのですが、私の部屋だけが他の部屋より4000円安いのです。
一連の奇妙な出来事のこともあり、私は何か得も言われぬ不安を感じ、家賃の安い理由について大家さんに尋ねてみることにしました。
「この部屋で、以前に何か事件があったから安いのですか?」
私は率直にそう大家さんに尋ねました。
すると、大家さんは、
「決してそんなことはありません。」
と断言してくれた後で、「ただ…」と、歯切れ悪く呟いたかと思うと、
「女の子が、行方不明になっていて…」
と、困ったような顔をして話し始めました。
よくよく話を聞くと、以前この部屋には母親と小さな女の子が住んでいたそうなのですが、ある日夜逃げをするように2人は出て行ったそうなのです。
その後、母親はどこかのビルから飛び降りて自殺したらしいのですが、女の子の行方に関しては、未だに分かっていないのだそうです。
このことは地元で少し話題となり、ネットで検索すれば直ぐにこの部屋に辿り着く可能性があったので、家賃を下げたとのことでした。
「ただ、この部屋で何か事件が起こったわけではないので、入居者に聞かれない限りは説明はしませんでした。…すみません。」
と、大家さんは心苦しそうに詫びていました。
私は、最初にその説明が大家さんからなかったことよりも、今も行方不明になっている『小さな女の子』というのが気になりました。
「その、行方不明の女の子って、どんな子だったんですか?」
そう聞くと、大家さんにとっては思いもしなかった問いかけだったのでしょう、突然の質問に不思議そうな顔を浮かべた後、
「小学生に入る前の子で、よく外で遊んでいましたよ。いつも白い服に赤い靴を履いていたなぁ。」
と、アパートの外を眺めながら言うんです。
私は何だか嫌な予感がしながらも、
「それは、よくこのアパートの周りで遊んでいる女の子と同じような格好ですか?」
と聞いてみると、大家さんは再び不思議そうな顔で私を見ると、
「いや、この辺りでそんな子は見かけないですねぇ。ご近所の家のことも知っていますが、それくらいの年頃の女の子がいるご家庭はありませんよ。」
大家さんがそう話すのを聞いている間、私は全身の血の気が引いていくのを感じていました。
にやっと笑みを浮かべるあの女の子の顔が、私の頭の中を回りました。
信じられないという気持ちがある一方で、妙な納得感もありました。
その後、私はすぐに部屋を引っ越しました。
なので、私が見かけていたあの女の子が誰なのか、ということは分からないままです。
それに、引っ越しが終わるまでの間、再びあの女の子を見かけることはありませんでした。
いえ、見かけなかったというのは正確ではありません。
もう二度とあの子に会いたくないという恐怖心から、引っ越しが終わるまで、私は部屋の出入りをする際はなるべく下を向いて、何も視界に入れないようにしていたのです。
見えてはいけないものを、見たくなかったから。
もしかしたら、私の視界の外側では、あの女の子が笑って立っていたかもしれませんが…
それから何年かして、あのアパートはどうなったのか調べたことがありました。
空き地になっていました。
大家さんには申し訳ないのですが、あの気味の悪いアパートがなくなってホッとする気持ちはあります。
ただ、あの女の子のニヤっと笑った顔は、今でも私の頭の中に張り付いたままで、消えてくれないのです。
コメント