体験場所:兵庫県K市 中国自動車道付近
実家の父が病気で弱り、週に2回、時間を作って実家の様子を見に行っていた頃の話です。
私の住む地域から実家まで車で1時間ほどの距離。昼間なら慣れた道のりなのですが、夜になると暗くてとても見通しの悪くなる場所もあり、ハンドルを握る手が少し緊張することもありました。
K市にある実家の近くには中国自動車道が通っているのですが、昼間、その付近の下道を、車を走らせ実家に向かっている時でした。
突然、小さな子供が車の前を横切り急ブレーキを踏みました。
幸い子供を跳ねずに済み、「危ないな~」と、私は少し腹を立てながら再び発車したのですが、実家に到着する頃にはそんなことはすっかり忘れていました。
その日の帰りのことです。
実家を出る前に車に荷物を積み込んでいる最中、車のフロント部分の傷に気が付きました。
正面ど真ん中、その下半分辺りに30センチほどの擦り傷のようなものが広がっていました。家を出る前にこんな傷があった記憶もありませんし、実家までの道中で車をぶつけた覚えもありません。
「来る途中、何かあったの?」と母から言われ、「子供が急に車の前を横切ったけど…」とは言いましたが、子供を跳ねたわけでもありませんし、もちろん車に血も付いていません。
「なんだか知らないけど、気をつけなさいよ。」と、母から不本意な注意を受け、その日はそのまま帰宅しました。
それから半月ほどが過ぎ、季節は夏から秋に移っていました。
その日、いよいよ父が危ないというので、私は実家に何泊かすることに決め、大荷物を積んだ車を走らせ実家に向かっている時でした。
突然子供が車の前を横切りました。
(危ない!)と思いブレーキを踏んで車を止めたのですが、後続車が前を見ていなかったようで、後ろから軽く追突されました。
何はともあれ、とりあえず車の前方を確認したのですが、子供の姿は既にありません。
どうやら跳ねてはいないようでホッとして、改めて辺りを確認すると、以前に子供が飛び出してきた時と同じ場所でした。
とりあえず警察を呼び、事情を説明しました。
飛び出してきたのは2、3歳ぐらいの青い服を着た男の子だったと伝え、その際に、改めて周囲を確認したのですが、辺りには田畑ばかりで民家が全く見当たりません。
飛び出してきた子供が近所の子なら、近くにその家があるはずですし、もしどこかから来た子なら、一緒に来ている親の姿があるはずです。
でも、周囲にはそのどちらも見当たりませんでした。
警察も少し近場を探してみようと言ってくれましたが、結局何も見つかりませんでした。
「・・・幽霊、じゃないか?」
追突した車の持ち主がそう言いました。
お盆の時期から秋口にかけ、この辺りには事故で亡くなった霊がよく出ると噂されているそうです。
結局、真相は分からないままでしたが…
その事故から1週間後、父が他界しました。
父の葬儀を終えた夜、実家の近くに住む親せきの家に集まり宴会をしている時でした。
ふと仏間にある写真に目が向きました。
小さなボールを持った2、3歳ぐらいの男の子の写真でした。
青い服を着て笑っているその子を見て、間違いなく車の前に飛び出してきたあの子だと思いました。
一体この子は誰なのか、直ぐに母に訊きました。
すると、その子は私とは歳の離れた従姉妹の子供だと、母は言いました。
なかなか子供に恵まれなかった従姉妹が死産を繰り返していたことは知っていたのですが、まさか子供が産まれていたとは知りませんでした。
「ようやく生まれてくれたのに、直ぐに亡くなっちゃってね。あまり周りに言いたくないって塞ぎ込んでいたから…」
そう言って、母は当時の従姉妹の様子を悲しそうに教えてくれました。
(もしかしたら、余命いくばくもなかった父を、この子が迎えに来てくれたのかな?)
私はそんな風に思いました。
父が亡くなってから数年、現在でも母の様子を伺いに実家への行き来は繰り返していますが、この子が再び私の車の前に現れることはありません。
今でも暑い夏の季節から、残暑の残る秋口に差し掛かる頃、実家に向け車を走らせていると、またあの子がふと現れるのではと心配しながら運転しています。
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