体験場所:静岡県N市
私の母が幼少期に実際に体験した話です。
母がまだ小学生だった頃、静岡県N市のとある港町に住んでいました。
家のすぐ目の前には海があり、海と家の間には車がすれ違える程度のスペースがあったそうです。
どこにでもありそうな漁港の田舎町ですが、母が住んでいた地域はある程度の住宅はあったそうで、多少の賑わいのある街だったそうです。
三人兄妹の末っ子に育った母。
子供部屋は、二つ離れたお姉さんと母が共同の部屋で、三つ離れたお兄さんは一人部屋をあてがわれていたそうです。
ある夏の日の夜。
いつものように母は自分の部屋でお姉さんと布団を並べて眠っていました。
普段は朝までぐっすりと眠れるのですが、その日は何故か深夜に目が覚めたそうです。
目を開けた母は、ふと部屋の中を見回すと、閉めたはずのふすまが開いているのが見えます。
外の廊下には電気が点いていて、差し込んだ光が真っ暗な母の部屋を薄っすらと照らしていました。
その光を背に受けるように、開いたふすまの横に一つの人影がありました。
ふすまから半身を見せ、こちらを向いてボーっと立っています。
両親のどちらかが、寝ている自分たちの様子を見に来たのだろうとぼんやり思いながら、母はその人影を見つめていると、妙な違和感を覚えました。
そこに立っていたのは、ひさしのついた帽子をかぶった男性でした。
廊下の照明が逆行となり、立っている男性の姿は黒い影のようにしか見えません。
ですが、背格好からして明らかにお父さんとは別の誰かです。
ただ、社交的なお父さんは、よく知人を家に招くこともあったので、きっとそういった人が今夜も来ているのだろうと、母はその人影を特に不審に思うこともなく、再びそのまま眠ってしまいました。
翌朝、目を覚ました母は部屋の様子を見て驚きました。
部屋中がぐっしょりと濡れているのです。
置いていた家具はもちろん、床も壁も、まるで部屋を一度水中に沈めたかのように全部が濡れていたのです。
昨夜は雨も降っていなければ、風も吹いておらず、雨が吹き込んだはずがありません。
海と家の距離を考えると、余程の高波でもない限り室内に波しぶきが入り込むことも有り得ません。
更に不思議なことは、濡れていたのは母達の部屋だけだったのです。
一体昨晩何があったのか、結局、濡れた部屋の原因は誰にも分からず。
気味悪いながらも、ひとまずは濡れた部屋を家族で片付けることになりました。
片付けの最中、母は思い出して昨夜訪ねてきた男性のことについて両親に聞いてみました。
しかし、昨晩、我家を訪ねてきた人は誰もいなかったと両親は言います。
「そんなはずはない!絶対に誰かいた!」と母は両親に訴えましたが、「夢でも見たのだろう。」と、取り合ってもらえず。
結局、びしょ濡れの部屋同様に、あのひさし帽の男性についても謎のままだそうです。
それからしばらく経った頃、あの奇妙な出来事とは全く別の事情で、母の家族は別の土地へ引っ越すことになりました。
一家での慣れない引っ越しもようやく終わり、一段落した頃、空き家になった前の家が燃えました。
発火原因不明の火事だったそうです。
霊感が強い母は、今になってこう思うそうです。
「あの夜に見たあのおじさんは、この世に存在する人ではなかったのかもしれない。けれど、嫌な感じは全くしなくて、部屋を覗かれている時も家族に見守られているような温かい感じがした。
もしかしたら、ご先祖様があの家からは早く引っ越した方がいいと教えてくれていたのかも。」
そんな母の話を聞いて私は思うのですが、本当にそうなのであれば確かにありがたい話で、ご先祖様への感謝の気持ちも湧きます。
けれど、それならそれで、もう少し分かり易い忠告の仕方はないものか?と…
部屋をびしょ濡れにして、それで火事を連想させるのは少々強引ではと…
そんな風に思ってしまうのです。
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