心霊スポット:青森県むつ市『恐山』
昔の職場の同僚女性に聞いた話です。
その女性は東北地方の出身で、とても真面目な方でした。
ですので、この話も信じられるものだと思います。
女性の親戚に、長距離バスの運転手をされている男性がいたそうです。
仮にその人をAさんとしておきます。
Aさんが運転を担当していた路線は、東北の某県と千葉県の東京ディズニーランドを往復する長距離路線でした。
距離が長いばかりか渋滞も多いため、運転手の誰もが避けたがるとてもハードなその路線を、Aさんはもう何年も担当していたのだそうです。
そのためAさんの体を心配した家族が、路線を変更するように何度もAさんを説得するのですが、Aさんは頑なにその路線の担当を外れようとはしないそうなのです。
そんなことが続いたある年末のこと、とうとう身体に支障が出たAさんは倒れてしまいました。
担当者がローテーションする他の路線に比べ、ディズニーランドの路線はAさんがほぼ一人で担当する過酷なもの。
もともと無理のある話に家族は、「もしかしたらAは会社から嫌がらせを受けているのではないか?」と不審に思い、そこで親戚一同が集まって話し合うことになったそうなのです。
ところが、そこでAさん本人が、「会社は全く悪くない。むしろ自分から希望してそうしているんだ。」と言うのです。
体を壊してまでその路線を続けるくらいならば、他の路線に変えてもらうように希望を出せば良いだろうと、親戚一同でAさんの説得に詰め寄ると、遂にはAさんは「嫌だ!嫌だ!」と喚くように繰り返すばかりになってしまいました。
その姿に驚いた親戚一同は、Aさんが落ち着くようにと、ごく近親の人と、Aさんと特に親しくしていた人だけを残し、他は席を外すことにしました。
私の同僚女性はAさんと親しく育ったらしく、その場に残ったそうです。
その後、ようやく落ち着きを取り戻したAさんは、思いつめたような声でこんなことを話し出したそうです。
それは、まだAさんが東北地方の路線にローテーションで入っていた頃のことです。
そのバス会社の人気ツアーの一つである、青森県の恐山ツアーをAさんも担当することがありました。
ツアーで恐山を訪れた際は、旅行代理店やバス会社のスタッフが休憩する部屋が近くに設けられており、観光客がバスから外出している待ち時間の間、運転手はそこで休むのが常でした。
ですが、ある日の恐山ツアーで、駐車場にバスを停め観光客を見送ったAさんは、その後なんとなく休憩室への移動が億劫になったのか、何の気なしにそのままバスで一旦休むことにしたそうなのです。
予備の為に空けてあるガイド席の隣のシートに身を収めると、Aさんはうつらうつらとし始めました。
少しうたた寝をしてたでしょうか。
そんなに時間は経っていないはずなのに、観光客がもうバスに戻って来たのか、ザワザワとした気配でAさんは目が覚めました。
(…随分早くないか?)と思いながらも、お客さんの前で寝ているわけにもいかず、しょうがないので夢うつつのまま身体を起こそうとした時、Aさんは妙な違和感を覚えました。
なぜか起き上がれないのです。
体に異常があるわけでも痛みがあるわけでもないのですが、なぜか起き上がることが出来ないのです。
妙に思ったAさんは、薄目を開けて辺りを見回してみると、真っ昼間のはずなのに外は薄暗く、車内に全く光が差し込んでいませんでした。
(急な土砂降りか?)と思ったものの、雨音は全然聞こえてきません。
それにバスの中はやはり無人の様子。
それなのにザワザワとした人の気配を感じます。
何だか妙な気持ちで、すぐ横の車窓に目を向けたAさんは、再び目を堅く閉じ、叫びそうになるのをグッと堪えました。
窓にはびっしりと人の顔が並び、それらが車内をジロジロと覗き込んでいたのです。
それは絶対に有り得ないことです。
バスの窓は高く、そこから車内を覗き込むには梯子や踏み台が必要になります。
それなのに梯子や踏み台では乗り切れないくらい沢山の顔が、窓に張り付いていたんです。
それこそ外の光を遮るほどびっしりぎっしり並んだ顔の群れが、目をギョロギョロさせ車内を窺っていたのです。
Aさんはひたすら声を押し殺しながら、身体を小さく抱え込んで震えました。
いつの間にか頭に浮かんできたお経を口の中で唱え、ひたすら耐え続けたんです。
それからどのくらい時間が経過したのか、Aさんは恐る恐る目を開けてみると、いつの間に戻ったのか、そこにはバスガイドさんの姿がありました。
それを見たAさんは安心するより先に(さっきまで自分が見ていたのは何だったのだろう…)と、しばらく放心したまま、朦朧とした意識でバスガイドに時間を尋ねてみると、観光客がバスを出てまだ30分と経っていなかったそうです。
外は先ほどまでと同じ快晴で、車内には強い太陽の光が差し込んでいました。
どうにも自分が体験したことが信じられず、釈然としないまま恐山を降りて帰社したAさんは、バスの洗車時に車体を確認して再び凍り付きました。
バスの窓には、外から付けられた泥のような手形が複数こびり付いていたそうです。
あまりに気味悪く思ったAさんは、その体験をどうせ信じてはもらえないだろうと思いながらも、他の運転手に話してみました。
すると、「またか…。」と、古くからの運転手は皆一様にそう言うのだそうです。
「恐山路線を担当する運転手には、たまにあることだ。」
と、誰もが諦めたように話していたそうです。
(もう二度と、あんな恐怖は味わいたくない)
そう思ったAさんは、恐山ツアーのある東北路線のローテーションから外してもらい、自ら率先してディズニーランド路線の担当に固定してもらったそうです。
これを聞いた親戚達も、Aさんの気持ちを察したようで、路線変更の説得は諦めたということでした。
その後、Aさんはバス会社を転職し、今では別の業種で運転手をしているそうです。
私にこの話をしてくれた同僚女性は、最後にこう言っていました。
「Aの話そのものも怖かったんだけどね、一番怖かったのは『嫌だ!嫌だ!』と喚きだしたAの姿だったわ」
その取り乱し方は、普段のAさんからは想像もつかない、まるで何かに取り憑かれているようだったと…
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