体験場所:東京都練馬区の某踏切
15年前、都内の会社に勤めていた頃に、同僚から聞いた話です。
ある日の昼休み、数人で昼食を食べている時、霊感が強いと噂される同僚のA子が奇妙な話を始めました。
「実はさ、この前、踏切で霊に話しかけられたの。」
その踏切とは、練馬区のとある駅の横にある踏切で、当時の私は数年前までそのすぐ近くの部屋に住んでいたので、少しゾクリとしました。
斜めに渡る形のその踏切は幅が広く、警報器が鳴り始めたら急いで渡らなければいけません。
それでもひっきりなしに人が行き交う踏切で、頻繁に電車も通過していたので人身事故も少なくなかったように記憶しています。
そんなことを思い返しながらふと我に返ると、A子の話をみんなが固唾を飲んで聞いていました。
その日の夕方、A子はその踏切で遮断機が上がるのを待っていたそうです。
他にも沢山の人が列車の通過を待っていて、踏切の向こう側にも大勢の人がいたそうです。
その人込みの中に、『何かいる』とA子は感じたのだと言います。
ですが、少し視力が弱いA子には、大勢の群衆の顔を見分けることも出来ず、あえて気が付かなかった事にしたのだそうです。
しばらくして轟音と共に電車が通過し、ゆっくりと遮断機が上がりました。
一斉に踏切の中に通行客が踏み入る中、A子も人込みをかき分け踏切を渡り始めました。
その直後、踏切の向こう側から、人ではない何かが近付いて来るとA子は感じたそうです。
動揺した彼女は、次々とすれ違う人々に怯えながら慎重に前に進みました。
仕事帰りのサラリーマンや学生、自転車に乗った人やベビーカーを押す人など、沢山の人とすれ違いながらA子は強い不安を感じていました。
次の瞬間、それが人ではないと分かったそうです。
前から近付いて来たそれは、ぼんやりと掠れて見え、黒い服装のどうやら男性だったと言います。
(私は知らない、見えない、聞こえない)
A子はそう何度も念じながら、前から近付いて来る男といよいよすれ違った次の瞬間、
「よくわかったな」
男はA子の耳元でそう囁き通り過ぎて行ったのだそうです。
人ではないとA子が気付いていたことを、男も気付いていたのです。
一瞬、息が止まったように硬直してしまったA子はその直後、一気に雑踏を掻き分け踏切を渡り切ったのだそうです。
「後ろは、振り返らなかったの?」
一緒に話を聞いていた他の同僚が気色ばんでそう聞くと、
「多分、振り返ったら連れて行かれてたと思う。そういう時は絶対に振り返っちゃだめなの!」
と、A子も少し興奮した口調で言います。
その男は踏切事故で亡くなった地縛霊だとA子は断言し、更にこう続けました。
「あの霊は自分が見える人間を探して、見付けると話しかけている。そんな事をずっとあの踏切で続けているんだよ。」
そんな話を聞いてから数年後、私はその踏切の沿線上にある駅の近くに住むことになりました。
電車に乗る時はその踏切を通過する度に、つい電車の通過を待つ人たちを眺めてしまいます。
私には、その誰もが生きている人間にしか見えませんが、もしかするとこの中に、それが混じっているのかもしれないと思うと、私はその踏切を通過する度に心の中で念仏を唱えるようになりました。
どうかその霊が、今は成仏されていますように。
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