
体験場所:三重県松坂市 友人の祖父母宅
これは今から十数年前、私が大学を卒業して間もない頃に体験した話です。
三重県松阪市の奥に、私の友人Aの祖父母が住んでいた家がありました。祖父が亡くなり、祖母が施設に入って以来、ほとんど誰も使っていない状態だそうでした。その家にAが長期休暇で帰省すると言うので、私もそれに便乗して数日泊まりに行くことにしたんです。
実際いってみると、家は古い日本家屋で、辺りには他の民家もチラホラしかなく、山と田んぼに囲まれたような自然豊かな場所でした。
「二階は物置になってるから、入らないでね」
Aからの注意事項はそれだけだったので、普段は一階の居間で二人とも自由に過ごしていました。
事件が起きたのは滞在三日目の深夜、確か午前一時を回った頃だったと思います。
その夜は一階の六畳の和室で、二人でお酒を飲みながらゲームをしていました。するとAが急に「先に寝るわ」と言って、すぐそこの布団で横になってしまい、私は一人、仕方なくノートパソコンでネットサーフィンを始めました。
障子越しに外の街灯の光がぼんやりと入ってくるだけの静かな夜でした。カチカチッとクリックの音、それと友人の寝息が少し、部屋にある音はそれだけでした。
その時、マウスを握る手がビクッと止まりました。
ハッキリと上から聞こえてきたのです。
「きゃははっ!」
それは、幼い子どもの楽しそうな、少し甲高い笑い声でした。
不審に思ったものの、聞こえたのはその一瞬だけ。すぐに再び静寂が戻ったので、気のせいかと思って私はネットに戻ろうとしました。
すると今度は笑い声ではなく、ドタドタドタッと、子どもが走り回るような音が二階全体に響きました。
それも一回や二回ではありません。ドタドタッと部屋の隅から隅へ走り過ぎると、直ぐにまたドタドタッと今度は逆に戻ってきて、畳の上を裸足で走っているような、乾いた足音が何度も何度も。
さすがにこれはおかしいと思って、私はすぐ隣で寝ているAを揺り起こしました。
「ねえ、起きて。上から変な音がする」
Aは寝ぼけまなこで、
「うるさいな~、なに~、何の音~?」
と聞くので、
「子どもの笑い声と足音。聞こえない?ほら、今も…」
そう言って、私は天井を指さしました。
「え?上から?笑い声?足音?」
そう言って、Aは私の指をなぞるように上目になると、一気に目が覚めたように顔色が変わりました。二階からは、ドタドタドタドタ、子供の走り回る音が聞こえています。
Aは再び布団にもぐり込むと、小さな声で言いました。
「二階には鍵がかけてあるし、物置だし、絶対に誰も上がらない。それにこの家の近所に小さな子どもなんていないよ。おばあちゃんが施設に入る前から子どもの声なんてこの辺で聞いたことないよ…」
私は怖くなり、静かにノートパソコンを閉じると、電気を消して友人の隣の布団に潜り込みました。
二階の足音は、私たちが黙って横になった後も五分ほど続きましたが、突然ぴたりと止まり、その後、その夜は何も起こりませんでした。
翌朝、明るくなってから、Aに二階の様子を確認しようと言ったのですが、Aは頑なに「やめな」と言って応じることはありませんでした。結局、私が帰るまで二階の扉は閉ざされたままでした。
私が奇妙に感じたのは、その音のリアリティーでした。
怪談話でよく聞くような「重いものが引きずられる音」とか「うめき声」とか、そういったおどろおどろしいものではなく、あの夜聞いたのは、あまりにも日常的というか、「純粋に走り回って遊ぶ子どもの足音と笑い声」というか。それはまるで、そこに実体があって、下に人がいることなんてお構いなしに子供たちが無邪気に遊んでいるだけ、そんな雰囲気があったのです。
今でもAは時々あの家を使っているようですが、二階の扉を開けることは絶対にないそうです。

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