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【怖い話|実話】短編「おかえり」不思議怪談(石川県)

投稿者:加賀 さん(30代/男性/会社員)
体験場所:石川県金沢市野町周辺から犀川沿いにかけての住宅街

これは、私が二十代後半の頃、金沢市内で一人暮らしをしていた時の話です。

当時、私が住んでいたのは、野町から少し歩いたところにある築三十年ほどのアパートでした。二階建てで、一階と二階にそれぞれ数部屋ずつ。どこにでもあるごく普通の賃貸アパートです。

犀川から程近く、昼間はそれなりに人や車の気配があるのですが、夜になると静かなところでした。特に冬の深夜ともなると、外を走る車の音すらほとんど聞こえませんでした。

その頃の私は、仕事で帰宅が遅くなることが多く、日付が変わってから家に帰ることも珍しくありませんでした。

その日も、帰宅したのは深夜の二時前だったと思います。

いつものようにアパートの外階段を上がり、自分の部屋の前まで来て、鍵を開け、玄関に入り、ドアを閉める。そして、靴を脱ごうと屈んだ時でした。

「……おかえり」

女性の声がしました。

私は、屈んだまま動きを止めました。

とても小さな声でした。
でも、聞き間違いというほど曖昧なものではありません。

確かに、

「おかえり」

と聞こえたのです。

最初は、隣の部屋の声だと思いました。古いアパートですから、隣人の話し声が聞こえることもありました。

けれど――妙だったんです。

実際に声が聞こえた先は、玄関から続く短い廊下の先、私が普段過ごしている部屋の中から聞こえたように感じたのです。

私は一人暮らしです。
一瞬、今この瞬間にも中に泥棒がいるんじゃないかと思いました。

怖くて玄関のドアを開けたままにしました。何かあれば、すぐ外へ逃げられるようにです。

それから、玄関の照明をつけ、廊下の照明をつけ、部屋の照明を点けました。

誰もいません。

念のため浴室も見ました。トイレも、クローゼットも開けました。カーテンの裏。ベランダ。狭い部屋なので人が隠れられそうな場所は全部確認しました。

やはり、誰もいませんでした。

テレビは点いていない。ラジオもありません。窓も閉まっていました。

しばらく気味が悪かったのですが、その日はかなり疲れていました。

「外を歩いている人の声が、変に反響したんだろう」

そう自分に言い聞かせ、その夜はそのまま寝ることにしました。

それから一週間ほど経った頃です。

その日は、夜十一時頃に帰宅しました。

いつものように鍵を開け、玄関に入りました。

そして、靴を脱いだ瞬間――

「……おかえり」

また聞こえたんです。

私は、ゆっくり顔を上げました。

前回と同じ声だと思いました。若い女性という感じではありません。四十代か、五十代くらい。そんな落ち着いた女性の声に聞こえました。

不思議と声自体に怖さは感じませんでした。恨みがましいわけでもなく、苦しそうでもない、むしろ、ごく普通の声なんです。家族が帰ってきた時、台所から「おかえり」と声をかける。そんな、あまりにも自然な声でした。

だからこそ不気味にも感じました。

私はまた部屋中を確認しました。

やはり誰もいませんでした。

翌日。
会社で同僚にこの話をしました。

すると同僚は笑いながら、

「隣のテレビじゃない?」

と言いました。

私も、そう思いたかったです。
確かに隣室の生活音が聞こえることはありました。テレビの音も、笑い声も、掃除機の音も聞こえました。

ただ、そういう音は聞けば分かるんです。

「ああ、隣だな」

と。

でも、あの声は違いました。

壁越しではなく、自分の部屋の中。玄関から見て、短い廊下の先にある自室から聞こえるんです。

とはいえ、それ以上何か起こるわけでもありませんでした。声を聞くのも本当にたまにです。そのうち私もあまり気にしなくなりました。

ところが、その体験自体を忘れかけていた、数か月ほど経ったある日のこと。

アパートのゴミ置き場で、私と同じ二階に住む男性と一緒になりました。五十代くらいの男性で、普段は顔を合わせても挨拶を交わす程度で、ほとんど話したことはありませんでした。

なのに、その日は珍しく少し雑談をしました。
すると、話の途中で、その男性が突然こんなことを言ったのです。

「この建物、夜に変な声せん?」

一瞬、何を言われたのか分かりませんでした。

私は聞き返しました。

「変な声って、どんな声ですか?」

男性は少し考えてから、言いました。

「女の人」

その瞬間、嫌な感じがしました。

私はさらに尋ねました。

「その声は、何て言ってるんですか?」

「いや……そこまでは分からん」

男性はそう言ってから、続けました。

「玄関の辺りで、たまに聞こえるんや」

私は驚いて、自分が聞いた声についても話しました。

帰宅して玄関を開けると、部屋の中から「おかえり」と声が聞こえると。

すると男性は、すぐには何も言いませんでした。

少し黙ってから、ぽつりと、

「……やっぱり、聞こえる人おるんや」

と言いました。

男性も声の原因は知らないそうです。
いつ頃から聞こえていたのか、誰の声なのか、全く分かりませんでした。

気になって、私は後日、大家さんにもそれとなく聞いてみました。以前この部屋で何かなかったか。あるいは、このアパートで何か変わったことはありませんでしたか?と。

しかし、大家さんからの回答は、「特に聞いていない」とのことでした。
少なくとも私が調べた範囲でも、事故があったとか、誰かが亡くなったとか、そういう話は何も出てきませんでした。

結局、私はそのアパートに三年ほど住みました。

その間、「おかえり」という声を聞いたのは、はっきり覚えているだけで四回。頻繁ではありません。数か月、何もないこともありました。

ただ、四回とも、おそらく同じ声で、同じタイミング。
私が外から帰ってきて、玄関のドアを開ける、その直後です。

私が部屋にいる時に聞こえたことは一度もありません。寝ている時もありません。朝も、昼もありません。

必ず、私が外から帰ってきた時だけ。

「おかえり」

そう聞こえるのです。

一度だけ、友人が一緒の時がありました。
友人と二人で食事をした帰り、私は友人を部屋に招きました。アパートに着き、いつものように玄関の鍵を開けました。玄関に入り、私が先に靴を脱ごうとしました。

すると突然、後ろにいた友人が動きを止めました。そして、私の肩越しに、廊下の先にある部屋の方を見ながら言いました。

「……今、誰か喋った?」

その言葉を聞いた瞬間、私は靴を脱ぐ手を止めました。
この時、私には何も聞こえていませんでした。

「何て?」

そう尋ねると、友人は首をかしげました。

「いや、分からんけど……」

少し間を置いて、こう言いました。

「女の人みたいな声」

私は何も答えられませんでした。この部屋以外なら、疲れているのだろう、外の声が反響したのだろう、隣の部屋からだろうと、いくらでも原因が思い付くはずです。

もちろん私はその友人に、部屋で聞こえる声のことなど一度も話したことはありませんでした。

それなのに、玄関を開けた直後、私がいつも声を聞く同じ方向を見て、

「女の人の声がした」

と言ったのです。

やっぱり、その時々によって、誰かがあの声を受け取るのだろう、と、その時そう思いました。

ただ、私はこれを「幽霊話」だとは思っていません。

建物の構造によっては、隣室や外の音が予想だにしない方向から聞こえることもあると思います。私は今でもその可能性を否定していません。そもそも私は、声の主の姿を見たわけではありませんから。

ただ、どうしても説明できないことが残っています。

なぜ、帰宅直後に限るのか。
なぜ、アパートの他の住人にも聞こえるのか。
なぜ、何も知らない友人にまで、帰宅直後に声が聞こえたのか。しかも、私には聞こえなかった。

そのアパートを引っ越してから何年も経った後、たまたま近くを通る機会があり、私は少し気になってアパートの前まで行ってみました。

建物は、まだ残っていました。
外から見る限り、昔とほとんど変わっていませんでした。

建物を眺めていると、意外なことに怖さより懐かしさの方が強く感じました。

三年間あそこで暮らしていたんだな。
そう思いながら眺めているうちに、ふと、あの声のことを考えていました。

「……おかえり」

もしあれが、本当に誰かの声だったなら、その誰かはあの部屋で、他の誰かが帰ってくるのをずっと待っていたのでしょうか。それは今も続いているのでしょうか。

もちろん確かめる方法はありません。

ただ――深夜、誰もいない自宅に帰り、玄関の鍵を開ける時、私は今でもたまに思い出します。

もしドアを開けた向こうから、あの声が聞こえたら。
私は、今度は「ただいま」と返事をするかもしれません。


恐虫リリー
恐虫リリー

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