体験場所:香川県高松市の自宅
私がまだ6歳の頃、両親と妹と4人で座敷に布団を並べて川の字に寝ていた。
私には小さい頃から霊感のようなものがあり、幽霊と呼ばれるものを何度か見たことがあったのだが、この頃は特によく見ていた気がする。
それは普通の人と見間違うことも度々あったくらいだが、特に怖い思いをしたことはなかった。
けれど、この夜の事は今でも鮮明に覚えている。
いつも通り4人で並んで寝ていると、ふと夜中に目が覚めた。
時刻は分からないが、両親も既に寝付いていたので、ある程度遅い時間だったのだろう。
私は寝付きがよく、一度寝たら朝まで起きないのだが、この夜はなぜか目が覚めた。
トイレに行きたくなったわけでもなく、どこか体の調子が悪いわけでもない。
少しの間、布団のなかでもぞもぞと動いていたら、廊下がぎしりと鳴った。
父が幼い頃から住んでいる古い家だった為、音がするのは珍しい事ではなかったが、その時の私は変にぎくりと胸が騒いだ。
ぎしり、ぎしり、足音のように聞こえるそれは、まるで廊下を歩いているようで、怖くなった私は隣の母を揺さぶって起こそうとした。怖くて声が出せなかった私は、揺さぶることしかできなかったのだが、母は起きてはくれなかった。
廊下の方に目をやると、障子に影が映った。
犬のような影だ。
数匹の、ドーベルマンのような細い犬のような影が、ぼんやりと障子に映って動いている。
その間も、ぎしり、ぎしり、という足音は絶えず聞こえてくる。
不思議に思ったのは、足音は1人分、それも人間のものだった。
怖くてすぐに布団をかぶったが、そういえば障子に映る影は庭に向かっているように見えた。
庭では犬を飼っていた。
私は庭で飼っている犬のことが心配になり、もう一度母を揺さぶって、今度は少し大きな声が出せた。
「お母さん、起きて!」
すると、母が寝たまま急に両腕を振り回し始めた。
ぶんぶん、ぶんぶん、と母が腕を振り回すと、足音が止んだ。
すると今まで感じていた怖い気配もなくなり、障子に映っていたドーベルマンの影も消えていた。
「お母さん?」
泣きそうになりながら母に声をかけるが、母はやっぱり寝たままだった。
どう言うわけか、私はそのあとすぐに眠りについた。
翌日、母に昨晩の事を伝えても、何も覚えていないとのことだった。
それから何年も過ぎ、家も引っ越し、私も大人になって結婚した。
結婚前、主人を連れて実家で食事をし、昔の話をしていると、流れであの夜の話になった。
「あれは怖かったな~」
と私が話すと、
「あぁ、あそこは何かの通り道になってたみたいやな」
と父が言い、母もそれに頷いていた。
それを聞いて私は、やはりあれは夢ではなかったのだと確信した。
私の母方の曾祖父は、地元でも有名な霊感の持ち主だったらしい。
近所に住む少し上の世代の方に、よくその話を聞いたことを覚えている。
そして、家族の中で、母と私がその血を強く継いでいるらしい。
昔から母はよく何かを連れて帰って来そうになるのを、私が気付いて父が対処していた。
あの夜のことも、翌朝になって私が母に話しているのを聞いていた父が、すぐに盛り塩して、ありとあらゆる方法で私と母を護ろうとしてくれたらしい。
あの夜、もし母が腕を振り回していなかったら、もし翌日になっても父が対処してくれなかったら…
もしかしたら、私は毎晩あの身が竦むような気配を感じ、庭で飼っていた犬もどこかに連れていかれたのかもしれない。
そう思うと、背すじに嫌な汗が伝う気がした。
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