体験場所:大阪市住之江区南港 ポートタウン東駅前の中央公園
私が小学5年生の頃の話です。
その頃、放課後や休日はいつも仲良しのYちゃんと一緒に、お菓子を持って自転車で街をぶらぶらして遊んでいました。
その日は、ポートタウン東駅前の中央公園に行こうという話になりました。
当時の中央公園は、今のように野球場や遊具などもなく、ただただ整備されただけのだだっ広い公園で、所々に東屋やベンチが設置されているくらいのものでした。
その日もいつも通り、公園の外周をぐるぐると自転車で回ったり、ごっこ遊びなどをした後、近くにあった東屋でお菓子を食べながらおしゃべりをしていました。
だだっ広いだけの公園は、外周部分は整備されているだけまだマシなのですが、ひとたび内側の方へ入っていくと、そこには背の高い雑草が生い茂っていて、今思うと小学生の女子だけで行くには危ないところだったと思います。
それは平日なら尚の事で、ほぼほぼ人の姿は皆無です。
もしそんな場所で誰かに襲われでもしたら、どんなに泣き叫ぼうが私達の声はどこにも届かなかったでしょう。
お菓子を食べ終えた私たちが、東屋の前に自転車を停めたまま、どうしてそんな人気のない草むらへ進んで行ったのか?今思うと、その恐怖感や不気味さに、スリルを求めていたのかも知れません。
どちらからともなく私たちは、外界から閉ざされたようなその草むらの中心へ向けて歩き始めました。
時刻は夕方の5時頃。初夏だったので、まだ西日が明るかった記憶があります。
私はYちゃんとおしゃべりをしながら、生い茂る雑草を掻き分け、ただただ広いだけの雑然とした草むらを、とにかく中心へ向かって歩き続けました。
違和感を覚えたのはそんな時でした。
どこからともなく女性の歌声が聴こえてきたのです。
「なんか…歌声が、聴こえない?」
「…うん。聴こえる」
それは小学生の私たちには聞いたこともないメロディーで、讃美歌のようなものだろうと思いました。
ふっと視線を遠くに向けると、生い茂った雑草の先に、全身白いワンピース姿の女性が立っているのが見えました。しかも同じ格好をした女性が10人程、それぞれ20mくらいの距離を空けて立っていて、件の讃美歌のような歌を歌っていたのです。
その異様な光景に私たちは目を疑い、しばらくその場から動けなくなりました。
女性達は互いに目線を合わす事もなく、笑う事もなく、ずっと同じ方向を向いて讃美歌を歌い続けていました。
まるで私達の事など全く見えていないかの様に歌い続ける女性達。
感情が微塵も感じられない無の表情。
その言いようのない光景はあまりに気味が悪く、一瞬ブルッと身を震わせた私たちは、直ぐに回れ右をして必死で草むらを走り、東屋に止めてあった自転車に飛び乗り全速力で家路を急ぎました。
一体あの光景はなんだったのか…
地元のママさんコーラスか何かだと言われれば、そうなのかもしれません。
ですが、あんな場所で歌う白装束姿の集団、それに一人一人の間に広がる20m程のなんとも言えない空間と無の極致の様なあの表情、それらを思い出す度、やはりそれは不自然で不気味な印象しか残っていません。
例えて言うなら、死後の世界に一瞬だけ触れてしまったような感覚なのです。
結局、あの女性達が一体何者だったのか、今も謎のままです。
その後、Yちゃんと私はあの公園には行かなくなりました。
あの時の話をする事もありません。
あれから30年経った今も、ニュートラムに乗って公園を眺めていると、ふっと、この公園のどこかにあの白装束の女性達が立っているのではないかと想像してしまい、背筋がすっと寒くなるのです。
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