体験場所:和歌山県和歌山市の実家
これは私が小学三年生くらいの時、和歌山の実家で実際に体験した話です。
私の実家にはテレビが二つあって、一つはリビング、もう一つは親の寝室にありました。
典型的なテレビっ子だった私は、特に観たい番組が無くても暇があればテレビを点けてボーッと眺めるのが好きで、それでしょっちゅう親に怒られていたことを覚えています。
その季節がいつ頃の事だったのか曖昧なのですが、週末の夕方18時くらいのことだったと思います。
その日、仕事が休みだった父親がリビングで野球中継を観ていました。
私は私で何か別の番組が観たかったので、親の寝室にこっそり忍び込み、もう一つのテレビへ向かったんです。
(…バレたら叱られる)
そう思った私は寝室の電気は消したまま、真っ暗な部屋の中でテレビのスイッチを入れました。
テレビに映ったのは、N〇K地方放送局のニュース番組でした。
だいたいこの時間のローカルニュース番組って、地域情報などを伝える内容のものが多く、その時テレビに映ったのもそんな番組のはずだったのですが、この日は妙だったんです。
通常のニュース用スタジオで、アナウンサーのお姉さんがいつも通りカメラに向かって座っているのですが、照明が点いていないのか画面が薄暗く、いつもの軽快なBGMも流れていませんでした。
何よりおかしいのが、いつもにこやかなアナウンサーのお姉さんが、無表情なまま微動だにせず、ただカメラの方をじっと見ているだけなのです。
(あれ?この人たち、カメラが回っているのに気付いてないのかな?)
と、私は子供心に心配になり、不安を感じました。
お姉さんはその後も瞬き一つせず、まるで放心したような虚ろな目で、テレビの向こうからこちらをジッと見ています。
その無感情な視線を何だか気味悪く思いながらも、私はそのまま真っ暗な部屋の中で、テレビの向こうの薄暗いスタジオに座っているお姉さんと、画面越しに見つめ合うように向き合っていました。
どの位の時間そうしていたのかは覚えていません。
私の体感的には1分くらいだったとも思うのですが、もしかしたら30秒かもしれないし、3分くらいだったかもしれません。
お互い微動だにせず、声も発さないまま、テレビ画面越しに見つめ合っている。
正確には、テレビに映るアナウンサーのお姉さんを私が見ているだけなのですが、なぜか私には見つめ合っている様に感じられたんです…
そんな奇妙な時間が静かに経過している時でした。
不意にお姉さんの頬が動いたかと思うと、ぽっかりとその口が開き、その真っ暗な空洞の奥から、
「…なんで」
と、無感情な声が洩れ出たんです。
その瞬間私はテレビを切りました。
子供の直感ですが、このまま一人でこの人を見ているのはやばいと思ったんです。
私は恐怖で息を引き攣らせたまま静かに部屋を出て、そのまま走って両親がいるリビングに向かいました。
(あの人は、やっぱり僕を見ていたんだ…)
混乱する頭でそれだけを確信しながら慌ててリビングに転がり込んだ私は、不思議そうに見つめる両親を尻目にリモコンを手に取り、テレビを先程のチャンネルに切り替えました。
アナウンサーのお姉さんは相変わらずそこに座ったまま、こちらを見ていました。
ただ、先ほどとはまるで違い、明るいスタジオと軽快な音楽の中、お姉さんは屈託のない笑顔で地元のイベント情報を紹介していたんです。
「…え?どうして?」
寝室のテレビを切ってからリビングのチャンネルを切り替えるまでの時間なんて10秒もなかったと思います。
さっきまでの薄暗く不穏なスタジオ風景が、ものの数秒でここまで変化するなんて考えられませんし、ましてやお姉さんの変わり様が異常すぎました。
あくまで顔のパーツは一緒なのですが、まるで魂が入れ替わったかのようなお姉さんの変貌が薄気味悪く、私は全身に鳥肌が立つのを覚えました。
一体何が起きたのか分からないまま、私はこの奇妙な出来事を必死で親に説明したものの、全く理解してもらえず、なおかつ勝手に親の寝室に入ったことを叱られてしまいました。
以上が私が体験した奇妙な出来事です。
今考えると、最初に見た薄暗いスタジオの映像は、誰も気が付かないままに番組が始まってしまった、いわゆる放送事故かとも思ったのですが、それにしては現場は全く慌てる様子がなく、人の気配すら感じられないスタジオは、異様に暗い静寂に包み込まれ、テレビ越しに見るその光景はもっと異質で、強い違和感を感じました。
それに、お姉さんの表情に至っては、テレビで流してはいけないような、それは能面のように無感情で冷たく、もし実際に目の前にいる人だったとしたら、絶対に目を背けてしまうような雰囲気でした。
無表情で動かない、魂の抜けた人型の何か…
その暗く深い、闇のような空洞からこぼれ落ちた言葉、
「…なんで」
あれは一体どういう意味だったのか…
全く人らしい性質が感じられないその声は、まるで昆虫が出す奇妙な音のようで、私はそれまで感じたことのない未知の恐怖を覚えたんです。
もしもあの時、あのままテレビの向こうのお姉さんを見つめ続けていたら、次に私はどんな言葉を聞いていたのか、一体何を見てしまうことになったのか…
そんなことを思うと、未だに背筋が冷やりとするのですが、多少の興味も湧いてくるのです。
余談になるのですが、私はもともと人の顔を覚えるのが苦手で、小学生の時の担任教師の顔も忘れてしまっている程なのですが、あの女の人の能面のような顔だけは、今でもずっと覚えています。
忘れようと思っても、なぜだか忘れられないのです。
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