
体験場所:北海道札幌市の某病院
これは先日、初めて親子水入らずで旅行した時に、私の母から聞いた話です。
私が生まれる前、母は看護師として、札幌市近郊の大病院から個人クリニックまで様々な病院に勤めていました。しかし私が生まれてからは子育てのために正社員を辞め、パートとして働くようになったそうです。
医療系の仕事とは全く縁のなかった私は、今まで母の仕事の話を聞くこともなかったので、せっかくの旅行だし、母の仕事の話をじっくりと聞いてみようと思ったのです。
すると母は嬉しそうに、外来でこんなことがあって驚いたとか、看護師の人間関係の難しさなど、色々な話をしてくれました。
そして、とっぷりと夜も更け、夜中0時を過ぎた頃、母はこんなことを口にしたのです。
「病院の怖い話、聞きたい?」

母は笑いながらそう言うと、ビールを一口飲みました。
母はあまり冗談を言うような人ではなかったので、珍しいなと思い、興味本位で話を聞いてみることにしました。
母が言うには、病院というのはやはり怖い話には事欠かないようで、どんな看護師でも一つくらいは怖い体験談を持っているそうなのですが、ご多分に漏れず母も若い頃に一度だけ怖い思いをしたことがあると言って、こんな話を始めました。
当時、20代だった母は、免許とりたての新人看護師でした。
勤め先も今よりもずっと昔の病院ですから、古い内装はどこか薄暗い雰囲気が漂っていて、母はもちろん、同期の誰もが夜勤を気味悪がり嫌がっていたそうです。
しかし、シフトというのはどんなに嫌でも回ってくるもので、その夜は仕方なく母も夜勤に就きました。
夜勤の人員体制は、医師1人に看護師3~4名といった感じだったそうです。
その夜のこと、ナースコールが響き渡りました。
医師と、母を含めた看護師二人、コールがあった病室へ急いで向かい処置をしましたが、残念ながらその患者さんは間もなく息を引き取ってしまいました。
医師の確認を取り、母はもう一人の看護師と共に患者の遺体を別室に運びました。
それからご遺体の処置に入るそうなのですが、患者というのは息を引き取る際、ドラマのようにきれいに目を閉じて亡くなるわけではないようで、どんな人でも大体は目が半開きになっているそうなのです。
そのままにしていては眼球が乾いてしまうので、目の上に濡れたガーゼなどを乗せ、時間ごとにそれを取り換えて、ご遺体を保管するそうです。
母ともう一人の看護師でその処置を行い、他にも鼻の穴に綿を詰めたりして、とりあえずの処置を終え、二人は一度ナースステーションへと戻りました。
「ご遺体のガーゼ変えるの、ほんと怖いんだよねぇ」
と、同期の看護師が言うと、続けて先輩看護師が言いました。
「あー、それ分かるわ。ガーゼめくった時に患者さんと目が合ったらと思うと、怖くて怖くて…私も新人の時は慣れるまで時間かかったもんだよ~」
(確かに…)と母は思いましたが、運悪く先ほどのご遺体のガーゼ交換は母に任されていたそうで、ガーゼが乾くタイミングを見計らって、母は他の看護師たちに見送られながら再び個室へと向かったそうです。
ポツリとご遺体だけが安置された室内。
電気をつけてもどこか薄暗い雰囲気に、母は思わず息を飲みました。

どれだけ怖くても、ガーゼ交換をしないことにはナースステーションへは戻れません。
こんなことならもう一人付いて来てもらえばよかった、と母は思ったそうですが、仕事中にそんな弱音は吐いていられないと、意を決してベッドに横たわるご遺体に近付きました。
「し、失礼します…」
目が合ったらと思うと怖くて怖くて…という先ほどの先輩看護師の言葉が頭の中で再生されます。
そーっとガーゼをめくり、その下を薄目で確認。
母はホッと胸を撫でおろしました。
ご遺体の目はほとんど閉じているに等しく、目が合うはずもない状態だったそうです。
続いて反対の目のガーゼも剥がしてトレイに載せました。
(まったく、夜勤の時に怖い話なんてするものじゃないな。)
そう思いながら母は後ろのトレーから新しい濡れたガーゼを手にして、再びご遺体を振り返りました。
すると…見ているのです。
そのご遺体が、母を。
さっきまで閉じていたはずの目がハッキリと開き、じっと母を見ていたのです。
瞳孔が開ききった真っ黒い穴のような目。そこから視線が向けられている。
「…え?」
母は反射的に声を漏らし、すぐに自分の目をぎゅっと固くつむったそうです。
(どうして・・・なんで目が開いてるの・・・)
余りの恐怖に混乱した母は、そのまま目を開けることが出来ませんでした。
・・・そのまま、何分経ったことか。
覚悟を決めた母は、ゆっくりと目を開きました。
目の前には、最初に見た時と同じ、ほとんど目が閉じたご遺体があったそうです。
それでも怖くて怖くて堪らない母は、濡れたガーゼを乱雑にご遺体の両目に被せると、走ってナースステーションへと戻りました。
「目、が。目が、開いて…こっち、見てました」
母は、先輩看護師に震えながら伝えましたが、全員に笑い飛ばされてしまったそうです。
それ以来、母は病棟夜勤が怖くなってしまったようで、夜勤のない外来クリニックに転職したそうです。
その後、私を妊娠し、完全にパート勤務に移行したそうなのですが…
母はこの話をした後、にやりと笑って、「嘘じゃないよ」と言いました。
「深夜にこんな話を聞くんじゃなかった…」
私はその夜、一睡も出来きないまま次の朝を迎えました。
みなさんも、くれぐれも病院に入院される際はお気を付け下さい。病院は怖い話に事欠かないそうですから。
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