体験場所:東京都新宿区
今はもう無い、昔のバイト先での話です。
学生時代バイト漬けだった自分がいくつも掛け持ちしていたバイト先の一つが、都内の古い雑居ビルの飲食店でした。
よくある古い小さなビルの、各階に入っている雑多な店の一つで、決してお洒落とは程遠い雑然とした雰囲気の店でした。
アルバイトは私を含めて何人かおり、当時シフトが一緒だった女の子とは同年代だったこともあって普通に仲良く接していましたが、その彼女が、虫だの幽霊だのお化けだの、とにかく何でも怖がるようなタイプの子で…。
フロアの奥にある物置部屋に行く時はいつも「絶対一緒についてきて!」と引っ張られました。
古めの建物によくあるちょっと煤けて薄暗い雰囲気は、確かに怖がりな人が嫌がりそうではあるけれど、自分は「変な気配がする」だとかそういうことで騒ぐ人は正直ちょっと苦手だったので、(出るなら虫だろ…)と、毎回少し冷めた気持ちで付き合っていました。
怖がる彼女を内心少し馬鹿にしつつ、でもそんな私の「何が怖いわけ?」みたいな態度が彼女からしたら頼もしく見えたようで、だからこそ、怖い場所に行く時は付いてきて欲しいと懐かれていた向きもあります。
その物置部屋というは、ビルのフロアのデッドスペースのような奥まった場所にあり、部屋とは言っても特に隔てるドアもない細長い空間のことで、でもなぜかそこだけ床の質感が他の場所とは違っていました。
その場所をやたら嫌がっていた彼女は結局ほどなくしてバイトを辞めてしまい(実際虫は出たし)、連絡先を交換していたものの、なにぶん多忙な学生時代、それ以降はたまにメールし合う程度の繋がりでした。
その後、数年続けたバイト先は、老朽化に伴うビルの取り壊しのため閉店が決まり…
残り僅かな営業日、店長と作業をしつつあの物置を往復していると、不意に店長が「このスペース、昔は半地下になってたみたいで、この下に降りる階段があったらしいんだよね」と言い出しました。
「なんかね、何かよくない事件があって、その半地下空間を床で埋めて封鎖したとか…本当かねえと思っていたけど、ビル取り壊しの時に何か出てきたら面白いのにな!」
自分と同じく心霊とか全く気にしないノリの店長の軽い雑談でしたが、その言葉を聞いた途端に自分は全く笑えなくなりました。
嫌な気配がどうとか何とかうるさかった彼女が、あの場所を度々「変な階段があるみたいな部屋」と言っていたことを思い出したので…。
バイト先無くなるらしいよ、と彼女に連絡がてら、店長の話を伝えようか迷いましたが、結局その話は言えぬまま、そのうち彼女とは疎遠になってしまいました。
私は勿論今も霊とか信じていないし、嫌な気配だの曰く付きの場所だの、世間の言うオカルト話に対しても全く何も感じないけれど…それは変わらないんですけど、あの時彼女が感じていた「なにか」、その感覚を想像すると、今でもスーッと薄ら寒くなり、それと同時にまともに彼女の話を聞いてあげることもしなかった申し訳なさに駆られます。
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