体験場所:岡山県K市 某公園
友人のKさんは、その年の春に夫の転勤で岡山県のK市に引っ越したばかりだった。
息子はまだ4歳と小さかったため、幼稚園が休みの日は公園に出掛けて遊ぶのが常だった。
普段は近所の小さな公園を利用していたのだが、ある時ふと(たまには遠出をしてみようかな)と思い立ち、市内の公園を調べてみた。
すると、バスで20分ほどの場所に大きな中央公園がある。
芝生や噴水、たくさんの遊具もあるようだ。
(20分で行けるなら、悪くない公園だな)
そう思ったKさんは、早速次の日曜日に行くことにしたそうだ。
ところが実際に行ってみると、バスの待ち時間や停留所から歩く時間を含めると、意外と移動に時間がかかり、家を出てから公園に到着する頃には、1時間弱が経ってしまっていた。
公園内は広くて綺麗。
子連れの家族もたくさんいて雰囲気も良い。
(でも、往復で2時間も掛かってしまうとなると、頻繁には来られないかなあ。息子の反応も普通だし。別に無理をして来なくてもいいかな。)
そうKさんは思ったそうだ。
しかし、家に帰ると急に息子が「お母さん、今日の公園、また行ける?」と聞いてきた。
「どうして?」
「んー、また行きたいから!」
無邪気な答えにKさんは(息子がそんなに気に入ったのならまた行こうかしら)と考えを改めた。
そして次の日曜日、Kさんはまた息子を連れて中央公園を訪れた。
最初はごく普通に遊具で遊んだり噴水を見たりして楽しんでいたが、そのうち、息子が奇妙な様子を見せることにKさんは気が付いた。
芝生の広場で遊んでいたかと思うと、遠くの方をぼーっと見つめている時があるのだ。
疲れたのかな?と思って声をかけても、「別に」としか言わない。
しかし数分経つと、また同じ方向をぼーっと見ている。
息子が見ている方角には、綺麗に手入れされた木々があるだけ。
Kさんは不思議に思ったが、小さい子供のことだし、と、本人に詳しく聞くこともなく、水分補給や怪我にだけ気を付けて放っておいたそうだ。
その日は2時間ほど遊んで帰宅した。
家に帰るなり、また息子が、「お母さん、またあの公園に行く?」と聞いてきた。
「そんなに気に入ったの?」と尋ねると、息子はニヤニヤして「うん」と答える。
「また行ってもいいけど、遠いから、そんなにすぐは行けないよ」と言うと、あからさまに不満そうにして「えー!なんでー?」とぐずり始めた。
さらにそれ以降、ことあるごとに「お母さん、あの公園また連れてって!」とせがんでくるようになった。
根負けしたKさんは、結局往復2時間かかる中央公園まで頻繁に息子を連れて行くことになった。
公園に着くと、いつも息子は、遊具には目もくれずに真っ先に芝生の広場に走っていく。
その割に、遊んでいてもすぐにまた、向こうの木々の方を見てボーっとしている。
(わざわざ遠くの公園まで来てるんだから、もっとしっかり遊んで欲しいな)と思ったKさんは、
「ねえ、どうしていつも遠くの方を見てるの?」
ある時そう尋ねてみると、息子は向こうに見える木々を指差し、こう答えたと言う。
「おじさん見てるの。」
「おじさん……?」
Kさんは怪訝に思い、息子の指差す方を見た。
「あそこにおじさんがいるでしょ。」
と息子は言うが、誰のことを言っているのか分からない。
確かに公園には男性客もたくさん訪れているが、どうも息子が言うのは、その人たちのことではなさそうだ。
その後も息子は、何度も同じ木々の方を見てはボーッとしているので、Kさんは少し気味が悪くなり、その日は天候を理由に息子を説得し、急いで帰宅したという。
その夜、夫から残業で遅くなるとの連絡があった。
Kさんは息子と二人で夕食とお風呂を済ませ、寝るまでの間おもちゃで遊んでいた。
途中、Kさんはトイレに行きたくなり、息子を残して部屋を出た。
用を足して部屋の前まで戻ってくると、ドアの向こうから「んぐーッ んぐーッ」と、息子の苦しそうな声が聞こえてくる。
「どうしたの?!」と慌てて中に入ると、息子が両手で自分の首を絞めながら、「んぐーッ んぐーッ」と呻いているのだ。
ぎょっとしたKさんは、気が動転しながらも直ぐに息子の両手を掴んで無理やり首から離させた。
4歳とは思えない、物凄い力だったそうだ。
「なにしてるの!」
と、Kさんが叱りつけると、息子はそれまでの苦しそうな表情から一転して、ニタニタと笑いながらこう言ったそうだ。
「おじさんの真似してたの」
「おじさん…?何のこと…?」
「公園のおじさんの真似だよ~。おじさんは首が長~いんだよ」
無邪気な口ぶりとは対照的な息子の不気味な言葉に、Kさんは思わずゾッとした。
その日はとにかく話を逸らして、いつもより早く息子を寝かし付けていると、何時の間にかKさん自身も息子と一緒に眠ってしまっていたらしい。
不意に、『ピンポーン』という玄関のチャイムでKさんは目を覚ました。
(あれ?夫が帰ってきたのかな?いや、夫ならチャイムなんか鳴らさずに入ってくるはず。)
時計を見ると、既に24時を回っている。
隣を見ると、いつの間に帰ってきたのか、夫がそこで寝息を立てている。
(え……?じゃあ、こんな時間に、誰……?)
布団の中でじっとしていると、またしても、
『ピンポーン』
とチャイムが鳴る。
Kさんは恐る恐るベットから出て、インターホンのモニターを確認しに行った。
モニターを見ると、玄関ドアの前に俯いて立つ中年の男性が映っている
よれよれのスーツを着た、一見サラリーマン風の姿だったそうだ。
(え?!?!この人…誰?!)
Kさんは狼狽えながらも、固唾を飲んでモニターを見つめ続けていると、その男がまたゆっくりと、『ピンポーン』、とチャイムを鳴らした。
すると、それまで俯いていた顔を、ぐぐぐ、とこちらに向けようとしているのが分かった。
俯いて下にもたれていた首が、頭を持ち上げようと、にゅうっと伸びた。
明らかに常人よりも長い首。
その先端には青白い顔が乗っかっていて、それがゆっくりと、モニター画面いっぱいに映る。
(なんなの…この人…)
Kさんは、そのどこか人間離れした男の様子から目が離せずにいると、通話マイクが繋がっていないはずのインターホンから、ハッキリと、恐らく男の声が聞こえた。
「◯◯くーん……」
それは、息子の名前を呼んでいた。
「ひっ!?」と小さく悲鳴を上げたKさんは、急いで寝室に向かい夫を起こし外を確認してもらったが、既に男の姿は跡形もなく消えていたと言う。
それから数日後のこと。
息子を幼稚園へ送った帰り、居合わせたママ友と話をしていると、偶然にも例の中央公園のことが話題にのぼった。
Kさんが最近良く遊びに行くと話すと、そのママ友は、少し眉間を潜めてこんなことを話し始めた。
「あの公園、今は綺麗だけど、少し前までは園内は古くて汚くて、空気もなんか悪くてね」
「え?そうなの?」
「なんせ40年くらい前からある公園だからね。遊具もすごく古かったし。特にね、今は芝生になってる広場があるじゃない?あそこは元々ちょっとした植物園みたいになってたんだけど、ほとんど管理されてなくてね。周りも木が鬱蒼としてて、ちょっと気味の悪い雰囲気だったのよ」
「そうなんだ…」
「それにね、ここだけの話なんだけど、木々が荒れ放題で、中まで人目が届かなかったせいなのか、その場所、結構あったらしいのよ。首吊り自殺。」
「えっ…」
そんな話を聞いた途端、Kさんは先日の息子の言葉を思い出してハッとしたそうだ。
「おじさん見てるの。」
「おじさんの真似してた」
「おじさんは首が長~いんだよ」
もしかして・・・
「地元では有名な話なんだけどね。Kさんは越してきたばかりだから、知らなかったよね?」
「う、うん…。そうだったんだ…」
「まあ、みんなあまり気にしてないけどねえ。今は綺麗に改装されて、本当によかったよね」
その後も、息子は「あの公園に行きたい」と何度もせがんできたそうだが、Kさんは二度と連れて行くことはなかった。
時が経つに連れ、忘れてくれたのか、いつの頃からか、息子も公園に行きたがることはなくなったそうだ。
「もしもね、あのまま、何も気が付くこともないまま、息子を公園に連れて行き続けてたら、どうなってたんだろう・・・」
と、遠くを見つめながら話すKさん。
今でも、そんなことを考えると怖くなると言う。
「それにね…」
と、少しの間があって、更にKさんはこう続けた。
「何より怖いのは、そんなにたくさんの首吊りがあって有名な公園なのに、地元の人は何も気にせず子連れで遊びに行っていることなのよね・・・」
そうすると、地元で育った子供たちは、これからも恐らく何の抵抗もなく、あの公園に遊びに行くだろうとKさんは言う。
「いつか私の息子が大きくなった時、そんな風に友達同士であの公園に遊びに行くことがあったら…その時、またあの男は現れてしまうのかしら・・・」
今はそれが何より心配なのだと、Kさんは不安気に話してくれた。
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