
体験場所:新潟県N市の某ホテル
これは以前に勤めていた新潟県N市のホテルで体験した話です。
当時、私はそのホテルで調理スタッフとして働いていました。
市内では歴史あるホテルで、お客様も沢山いらっしゃいました。
私が勤め始めて1年ほど経った頃です。
それまでも厨房はギリギリの人数で回していたのですが、遂に時間内に業務をこなすことが難しくなり、その頃から残業で夜遅くなることが増えていきました。
残業は1人の場合が多く、その日も他のスタッフがみんな帰ったあと、私は一人残って仕事をしていました。
夏の蒸し暑い夜でしたが、空調設備が古く、エアコンの効かない厨房で私は一人黙々と作業をしていました。
すると突然、『ガシャンガシャン』と、金属同士が打ち付け合うような音が室内に響きました。
突然の音に私はビクッと身体が強張り、ゆっくりと音のした方を振り返ると、壁に掛かった3、4本のレードル(しずく型のお玉)だけが不自然に揺れていました。
地震があったわけでも、もちろん空調の効かない厨房に風が吹いているわけもありません。
シンッと静まり返った室内で、そのレードルだけが一斉に互いを打ち付け合うように突然揺れ、またゆっくりと静止したんです。
これまでも多少不思議に思う体験はありましたが、これほど怖いと思ったのは初めてでした。
私は壁にぶら下がったレードルを見つめたまま、なぜか「ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい 」とひたすら呟いて、厨房の台と台の隙間に身を隠すように入り込みました。
しばらくして、警備のおじいさんが見回りに来てくれた時、私は隙間から飛び出して逃げるようにその日は帰ったんです。
後日、その事を友人に話すと、
「残業続きで疲れてるんだよ~」
と言われて、私も(そうかも。勘違いだったのかも。あんなことあるわけないし…)と思い直そうとした矢先のことでした。今度はランチタイムの明るい時間帯にハッキリと見てしまったんです。
厨房とお客様が食事するホールスペースの間には、ホールスタッフが利用するバックヤードがあるのですが、そこで仲の良かったホールスタッフの先輩とオーダーを捌いていた時でした。
フッと顔を上げた時、何気なく目に入ったホール側の両開きドアは、いつも通り右側のドアだけが解放され、そこからホールの様子が伺えます。
その開かれたドアスペースに、左の閉じられたドア側から、ドアと90度直角の角度で男性の顔がニョキッとこちらを覗いていたんです。パッと見はおじさんです。耳が大きくて、黒髪の短髪でした。
見た瞬間、すごく気持ち悪くて、一瞬で血の気が引いてしまって、私は直ぐに目を逸らしました。
そしてもう一度ゆっくりそちらを見た時には、男性の頭は消えていました。
「なに…今の…」
1年働いている職場でしたが、厨房でもホールでもあんな顔のおじさんを見たことがありませんでしたし、お客様があんな不自然に覗き込んでくるはずもありません。
そもそもドアから90度の角度で頭を突き出すなんて、普通の人間がする姿勢とは思えず、私はそのドアスペースを見つめたまま固まってしまったんです。
その時、以前その職場で働いていた先輩女性が言っていたことを思い出しました。
「ホテルみたいに宴会とかで人が多く集まるところには、特に霊が集まりやすくてね、私もこのホテル内で何回も見たことがあるんだよ。」
私が見たのも、やはりそういう類のものだったのでしょうか…
しかし、その後は特に変わったこともなく、次第に私もその体験を忘れつつありました。
しばらくして、その日、私は友人達と飲みに行く約束をしていました。
早番の仕事が終わり、一度アパートに戻ってから、約束の時間に店に向かって歩いていました。
飲み屋街に向かう途中、線路を越えるために跨線橋を渡るのですが、階段を上がっていると、私と同じ方向に向かう男性が前を歩いていることに気が付きました。
急いでいたので、足早にその男性の横を追い抜いた時でした。
いきなりふくらはぎの辺りを思い切り蹴られ、
「女なんかみんなシネばいんだよ!」
と怒鳴られたんです。
男性の顔は凄い怒っていて、余りにも突然のこと過ぎて、私は咄嗟に謝って逃げたのですが、その時ふと思い出したんです。
今の男性の顔、あのバックヤードを覗いていたおじさんだった…
なんか色々なショックで、私は今の出来事を警察に届けることも出来ませんでした。
そのまま、友人達との待ち合わせの店に行きましたが、お酒を飲むこともないまま気持ち悪くなってしまい、友人達に家まで送ってもらいました。
そんなことがあって、しばらく経った頃でした。
私は再び驚きの光景を目の当たりにしたんです。
近所のコンビニに立ち寄った時でした。
買い物かごに品物を入れてレジに向かうと、あのおじさんが店員をしてたんです。
目を見開いて呆然と立ち竦む私を他所に、おじさんは普通にレジを打ち「〇〇円になります」と言いました。
私も普通に料金を払い店を出ました。
近所なので、たまに利用しているコンビニでした。
あのおじさんはずっとここで働いていたのだろうか?
これまでも何度か会ったことがあったのだろうか?
だとしたらホテルのバックヤードに現われたのは、このおじさんの生霊?
ですが、おじさんのレジ対応を見る限り、私に対する特別な感情は感じられませんでした。
それならどうして…
ゴチャゴチャと色々な事が頭をよぎりました。
その後、私は仕事を辞めてアパートを引っ込しました。
ホテルで見たあの不気味な顔、それがあのコンビニおじさんの生霊だったのかは謎のままです。
でも、だとしたら、身近にいた人間の感情がこもっているだけに、幽霊よりよっぽど生霊の方が怖いと感じる体験でした。
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