体験場所:京都市 祇園
これは私が京都の祇園でアルバイトをしていた時に体験した話です。
今から3年くらい前、私は京都の祇園四条駅のほど近くにあるキャバクラでアルバイトをしていました。
お店は繁華街から少し離れた静かな通りにあり、所属している女の子も10人程度のこじんまりとした店舗でした。
来店するお客さんは地元の人と観光客が半々くらいで、客層は30代から60代のビジネスマンがほとんどだったように思います。
週末こそ賑やかなお店でしたが、世の中が不景気という事もあり、店内がいつでもお客さんで一杯というわけではありませんでした。
予約のお客さんがいない時なんかは、お店の代表が店の前に立ち、通りを歩きながら飲み屋を探している男性に声を掛けて呼び込みをするのが日常で、その様子をお店の入り口にある防犯カメラを通し、バックヤードのモニターで見ることが出来ました。
バックヤードにはスタッフ用のトランシーバーが置いてあり、常に代表が携帯しているトランシーバーといつでも交信できるようになっていました。
バックヤードで待機中、もしトランシーバーから声がしたら、当時新入りで一番下っ端だった私が応答しなければなりませんでした。
因みに、うちのお店は待機中も満額で時給がもらえたので、お客さんがいない暇な日には「今日はこのまま誰も来店しなかったらいいのに」と思いながら、表で呼び込みをしている代表の姿をモニター越しに眺めたりしていました。
ある週末の事でした。
店内にいたお客さん達も一気に引いて、そろそろお店を閉めようかという頃、私は一人でバックヤードの椅子に座って待機中でした。
いつもは必ず他に誰か一緒にいるのですが、女の子の何人かはお客さんとアフターに行ったり早上がりしたりで、その日は私一人だけがたまたま遅くまで店に残っていたのです。
その日に来店してくれたお客さんにお礼のメッセージを送りながら、私は店外にいる代表がトランシーバーで「もう上がっていいよ」と言ってくれるのを待っていました。
あれは1時を過ぎた頃でしょうか。
お客さんも来ないし、早く着替えて帰りたいなぁと思っていると、誰もいない静かな店内にお客さんの入店を告げるチャイムが響きました。
(え?こんな時間に新規のお客さんを入れたの?)
と思いながら、防犯カメラのモニターを見ると、手を後ろに組んで通りを眺めている代表が映っています。
普段ならお客さんが入店した際は、代表がこちらまで聴こえる声で「いらっしゃいませ!」とご挨拶してお席まで案内するはずです。
その代表が今も店の前で通りを眺めているということは、チャイムの誤作動とも思ったのですが、そうだとしても、チャイムの音は入り口に立っている代表にも絶対に聞こえるはずで、何かしらアクションを起こすはずです。
ですが、モニターに映る代表は何も聴こえていないかのように振り向きもしません。
私にしかチャイムが聴こえていないなんて絶対に有り得ないのに…
じわじわと、なんだか得体の知れない薄気味悪さを感じながら、私は本当に誰も入店していないのかを確認するために、バックヤードを仕切るカーテンからそっと顔を出し、店内の様子を覗き込みました。
間接照明に照らされた薄明るい店内を見回してみると、確かにそこには誰もいませんでした。
(なんや。やっぱり誰もおらへん。)
と、ホッと胸を撫で下ろした私は、再びバックヤードに戻ろうとしたその時でした。
閉まったままの店の入口から、ゆっくりと何かがこちらに向かって移動してくる気配を感じました。
テーブルとテーブルの間を這うように動き回る気配、目には見えないその『何か』が明らかに私の方に近づいて来ているのが分かるのです。
その異様な雰囲気と、肌を突き刺すような空気を感じた直後、私は悲鳴を上げながらバックヤードの通用口から飛び出して、表にいる代表を呼びに走りました。
その日、私は怖くてお店には戻れず、そのまま家に帰らせてもらいました。
あの異様な気配は一体なんだったのか?
ただの私の勘違いだったのか…
どうしてもそれが気になった私は、後日、先輩の女の子に相談すると、何年か前に店の近所で車が暴走し、何人もの人が巻き添えになって亡くなった大きな事故があったと聞かされました。
「正直、それが原因かどうかは分からないけどね…」
と先輩は話してくれた後、眉をひそめたままこう続けました。
「その事故以来ね、誰も入店していないのにチャイムが鳴ったり、無人の店内でしょっちゅう物音や人の気配がするって言う女の子が増えたんだよね。霊感があるって言っていた女の子なんかは実際に体調を崩しちゃったりしてね…」
その後、私が同じような体験をすることはありませんでしたが、思い返してみると、以前お客さんから言われたことがありました。
「…このお店、いるよ」
その時は冗談半分でからかっているだけだろうと、全く信じていなかったのですが…
今思えば、本当にあのお客さんにも、『何か』が見えていたのかもしれませんね。
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