体験場所:茨城県H市の某病院
あれは10年ほど前の事です。
当時、私は茨城県H市のとある病院に看護師として勤務していました。
町の小さな病院でしたが、診療科は様々で、病棟にも色々な疾患の方が入院されていました。個人病院だった事もあり、特にご自宅ではご家族が看病しきれない様なホスピスの方が多かったです。
ある日の事、女性4人部屋に入院されている1人の患者様がこう言うのです。
「ねぇ、看護婦さん。あそこにね、夜になると痩せ細った真っ白い可愛い仔猫が来て鳴いてるの。捨てられちゃったのかもしれないわ。可哀想だから見掛けたらご飯をあげて貰えないかしら?」
と、病室内の一角を指差して微笑まれたのですが、それを耳にされた同室の患者様は、
「何を寝惚けてるの。仔猫なんて来てないわよ」
と言われ、別の患者様も、
「きっと夢でも見たんでしょう」
と笑われていました。
仔猫の事を話されていた患者様は、やや認知症状もみられたので、
「もし見掛けたら保護しておきますね」
とお伝えし、その時は終わりました。
数週間後、すっかり仔猫の話も忘れた頃、その患者様の容態が悪化され危篤状態になりました。
ご高齢だった事もあり、ご家族が延命を望まれず、そのまま息を引き取りました。
容態が悪化してから亡くなるまでの時間が短かったため、あまり苦しまれることもなかったようで、最後も安らかなお顔をされていました。
その後も特別な問題はなく、ご家族とご自宅へと戻られました。
それからまた数ヶ月が経った頃、やはり以前と同じ病室に入院されている方がこう話されたんです。
「夜になるとあそこに真っ白で可愛いんだけど凄くガリガリの仔猫が来るの。それでずっとニャーニャー鳴いてるの」
と、部屋の角を指差しました。
どこかで聞いた話だと思いましたが、私自身も以前の患者様の話など忘れていたので、聞いた時は一瞬何を言われているのか分かりませんでした。
だって以前にその話をされていた方はもう亡くなられていて、同じ病室だった方も皆退院されていたのですから。
仔猫の話を知っているのは以前から働いていた同僚だけでしたが、同僚の間でもそれが話題になることもありませんでした。
けれども、もしかしたらそういう偶然もあるのかもしれないと思い、
「そうなんですか?ガリガリならお腹空いてご飯探しに来たのかもしれませんね」
と返事をしましたが、それを聞いた同室の人は以前と同様に、
「そんな猫なんて来てないよ」
と笑っていました。
私はその事を同僚に話しましたが「偶然だよね」という結論に至り、暫くすると話題に上がる事も無くなりました。
それから一ヶ月ほど経った頃、その患者様の容態が急変。懸命に対応しましたが残念ながら息を引き取られてしまいました。
それからも度々その病室に入られた患者様に限り、仔猫の話をされることがありました。
病室の顔ぶれは一変しているにも関わらず…
そうして何回目か分からない、またしても同室の患者様が仔猫の話をしたその夜のこと。
私は夜勤業務にあたっていました。
大きい病院ではなかったので、夜勤は病棟に看護師1人助手1人の2名体制で、休憩は交代で取るような形でした。
助手の方が休憩中、時間は午前1時に差し掛かる頃。
ナースステーションの扉をノックする音と「すみません」という声が聞こえました。
ナースステーションと言っても最近の病院とは違い古い造りの病院だったので、一見すると普通の部屋です。
木の扉とその横に磨りガラスの窓があるような造りです。
その声に私は「はい」と返事をして扉を開けました。
しかし、開けた扉の前には誰もいませんでした。
「あれ?」と思い廊下を見渡しましたが、廊下も病室も静かで、誰かが歩いている気配もありません。
(空耳だったかな?)と思って扉を閉め、何気なく窓に視線を向けると、磨りガラス越しにスーっと動く白い影が見えました。
一瞬にして血の気が引きゾッとするような寒気に襲われました。
慌ててドアを開けると、さっきまでは誰も居なかった廊下にぼんやりとした白い影が見え、それがスーっと病室の中へ消えていくのが分かりましたた。
その病室とは、あの「仔猫が見える」と話されていた方のいる病室です。
巡回用のライトを手に、バクバクする心臓を鎮め、静かにその部屋へ向かいました。
部屋へ入り聞こえてきたのは、「仔猫がいる」、そう話されていた患者様の苦しむ様な息づかいです。
急変でした。
すぐにドクターに連絡し、家族へも連絡したりと対応に忙しく、さっき見た白い影に恐怖している暇などありませんでした。
しかし、必死の対応も虚しく、その方は朝方に息を引き取られました。
お見送りをしてからふと夜中の事を思い出し、同僚へ何気なく話しました。
すると驚く事に、何人もの同僚が同じような体験をしていました。
同僚と私の体験をまとめると、
白い影を見た日に必ず急変する人が出る。
それは「仔猫がいる」と話された人である。
白い影は必ずその部屋に消えていく。
その病室はいつも同じである。
仔猫の話が出てから長くても二ヶ月以内に容体が急変し、数日以内に全員が亡くなられている。
真っ白で痩せている仔猫。
それは死を招く猫なのでしょうか?
それになぜ同じ病室にだけ現れるのか…
結局何も分からないままでした。
あれから10年。
仔猫は今もあの病室に現れているのでしょうか?
それは誰にも分かりません。
仔猫を目撃した人にしか…。
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