体験場所:宮城県仙台市 某所
これは私の勤務先の上司である男性Aさんから聞いた話です。
Aさんは若い頃、仙台市内の安アパートに住んでいたそうなのですが、
「そのアパートの部屋でさ、俺、妙な体験をしたんだよ…」
急に神妙な顔してAさんがそう言いました。
そのアパートのあった場所というのは、普段から私もよく通るところだったので、気になって詳しい話を聞くことにしたんです。
するとAさんはこんな話をしてくれました。
そのアパートに越して来てからしばらく経ったある夜、Aさんは突然金縛りに遭ったのだそうです。
しかも、その日から金縛りは毎晩続くようになったのだと…
金縛りに掛かると、普段Aさんは横向きの態勢で寝る癖があるそうなのですが、それが強制的に体を仰向けにされるのだそうです。
金縛りに掛かっている間は、余りの恐怖にいつも目を堅く瞑っていたそうなのですが、ある夜のこと、その日のAさんは何かが違っていたのでしょう、金縛り中にふと目を開けてみたんです。
すると、目の前の宙を、何人もの落ち武者が列を成し、部屋を斜めに横切っていくのが見えたそうです。
血を滴らせながら、力なく歩く落ち武者の一団。
余りにも奇妙な光景に、Aさんは怖がるより先にその様子に見入ってしまったのだと…
足を引きずる者や、肩を担がれて歩く者もいて、その一団の行進はとても難儀に見えたそうです。
一団は、部屋の端まで歩き切った者から順に壁の中へ消えて行き、最後尾の落ち武者が壁に吸い込まれたところで、ようやくAさんの金縛りも解けたのだそうです。
落ち武者の一団が消えるまでどのくらいの時間が経過したのかAさんも定かではないようで、長くも短くも感じる、そんなあやふやな感覚だったと…
とは言え、金縛りの間は眠れないらしく、それが毎晩続くとなるとさすがにAさんも寝不足で調子が悪くなり、昼間の仕事にも支障が出るようになりました。
そんなある日、睡眠不足のため毎日昼休みは寝てばかりいたAさんの姿を見て、会社の先輩が心配して声を掛けてくれたそうなんです。
「A、大丈夫か?」
「大丈夫です。ちょっと寝不足気味で…」
そう言って、力なく笑うAさんの顔に、先輩は余計に心配したのでしょう、
「ほんとに大丈夫か?A、なにか困っているなら言ってみろ」
そう優しく声を掛けてくれたんです。
その言葉にAさんもほだされ、信じてもらえないとは思いながらも、連日の金縛りや落ち武者の行進の事を全て先輩に話してみたんです。
すると先輩は眉間に皺を寄せながらこう言いました。
「そうか。それは大変だったな。」
意外にも、荒唐無稽なこんな話をあっさりと信じてくれた先輩でしたが、続けてこんなことを言ったそうです。
「でも、体を仰向けにされなければ、そもそも落ち武者なんか現れないんじゃないか?それなのに強制的に仰向けにされている時点で、お前は霊に負けてるんだよ!負け続けてたら一生寝不足だぞ!」
そう言って先輩は激励してくれるそうなのですが、
「霊に負けてるって…。負けたくないけど向こうが勝手にしてくるんだから、やりようないっすよ。」
目を見開いてそんなことを言うAさんに、先輩は間髪入れずに、
「闘うんだよ・・・」
「は?」
「だから、霊と闘うんだよ!」
「ど、どうやってですか?」
先輩の意外なアドバイスに、(何か考えがあるのかも)と、希望を見出したAさんがそう聞くと、先輩は少し考えてから、
「俺は負げねどー!って言うんだよ。」
「はぁぁ?」
もしかしたら呪文やお経とか先輩には何か秘策があるのかもしれないと、少し期待して聞いただけに、Aさんは先輩の言葉に拍子抜けしました。
それでも本当に毎晩寝不足で辛かったAさんは、藁にもすがる思いで、先輩の言う通りに実行してみる事にしたのだそうです。
その晩も、いつものように金縛りが始まりました。
いつも通り、横向きに寝ているAさんを、誰かが強い力で仰向けにしようとします。
(ほんとに懲りずに毎晩毎晩…)
毎晩のように繰り返されるこの勝手な仕打ちに、Aさんも流石に自然と怒りが込み上げてきて、
「俺は負げねどー!」
と、金縛り中なので実際に声は出ないものの、全身で「負げねどー!」と叫びながら全力で体を横向きに戻そうとした瞬間、更に強い力で体を仰向けにされました。
必死に抵抗したのが却って霊を怒らせたのか、更に物凄い力で押さえ付けられたのだそうです。
それでもAさんは負けじと更なる心の叫びを上げて抵抗するのですが、霊の力も更にエスカレートしてくるばかり。
攻防は繰り返され、闘いに疲れ果てた頃、いつの間にか霊も帰ったのか、気付くと外は明るくなっていたそうです。
やはり霊と闘っても無駄だと知ったAさんは、その日のうちに新しい部屋を探して引越しを決めたのだそうです。
部屋の引き渡しの際、一応大家さんにも金縛りと落ち武者の話をしてみると、
「…え?そ、そうですか…で、でも、そんな、は、話は、始めて聞きますよ!」
と、しどろもどろに言う大家さんの顔は、明らかに引き攣っていたそうです。
(入居時には言われなかったが、おそらく曰く付きの物件だったんだな…)
そう思って、Aさんはそのアパートを後にしたのだそうです。
真剣な表情でそこまで話してくれたAさんは、
「後から聞いた話だけど、そのアパートが建っていた場所は、昔、罪人の処刑場だったそうだ。」
最後にそう言って、話を終えたのです。
Aさんからこの話を聞いた後、私は何度かその場所を通り掛かることがありました。
そこにはもうアパートの姿はなく、今では広場のようになっていて、いつも近所の子供達が遊んでいます。
ですが不思議なのは、広場ではたくさんの子供たちが遊んでいるのに、ある一角にだけは全く子供が近付かないんです。
(恐らくあそこがAさんの部屋があった場所なのだろう…)
そう思うと同時に、霊感のない私には分かりませんが、敏感な子供達は何かを感じてあの一角を避けているのだろうなと、ちょっと不思議なその光景を私はしばらく眺めていました。
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