体験場所:京都府U市 某メーカー工場
これは私が派遣社員として、京都府U市にある工場に勤務していた時の話です。
その工場は世界的にも有名なメーカーの工場で、かなり大きな敷地と建物を有していました。
昔はかなり多くの人が勤めていたそうですが、私がいた頃は不況と合理化の影響のせいか、少しガランとした雰囲気だったのを覚えています。
建物は4階建てで、私が働く職場は3階でした。
4階部分にも以前は製造ラインがあったそうなのですが、私が勤めていた頃には倉庫として使われていました。
ある日のことです。
「君は、4階にあるトイレには行ったことある?」
と、突然とある先輩社員から聞かれたんです。
私は、行ったことがないと答えると、
「そうか。あそこのトイレは幽霊が出るから、近付かない方がいいよ。」
と真顔で言うので、私はその理由を尋ねました。
「前の不況の時に、4階の製造ラインが封鎖されてね、リストラが行われることになったんだ。その時に解雇された社員が、その4階トイレで首を吊って自殺しちゃってね…それ以来、その霊が出ると言われているんだよ。」
先輩は真面目な顔して、当たり前のようにそう答えてくれたのですが、私は幽霊などをあまり信じる質ではありません。なので、先輩の話は『後輩を怖がらせるための作り話』という程度に聞き流していました。
それから暫く経ったある夜のことです。
工場の勤務は日勤と夜勤の二交代制で、勤務シフトはだいたい順番に日勤・夜勤を交互に組まれます。
その日、私は夜勤担当の日でした。
決算期が近づいていたその夜は、通常の生産業務は休止させ、棚卸作業を行う事になっていました。
4階の倉庫で数人のグループに分かれ、荷物の整理や在庫のカウントをします。
しばらく作業をした後、私はトイレに行きたくなったので、以前4階のトイレの話を聞かされた先輩にその旨を告げました。
すると案の定、
「…四階のトイレを使うのか?」
と、先輩は聞いてきます。
私は先日の話を憶えていましたが、特に気にもしていませんでしたので、遠くまで行くのは面倒なので4階のトイレを使うと答えました。
先輩は心配そうでしたが、あくまで噂話があるだけで、別にその先輩が幽霊を見たわけではなかったので、強く引き留められることもありませんでした。
そういうことで許可を頂いて、私は深夜の廊下を歩いてトイレへ向かいました。
トイレの前には、道路のカーブミラーの様な、飛び出し防止用の鏡が設置されていました。
それを横目に中に入ろうとしたところで、ピタッと私の足は止まりました。
…トイレの水が流れる音がするんです。
(こんな時間に誰かが使ってるはずがないけど…)
そう思って、一瞬背中に寒いものが走りましたが、よく考えると工場のトイレは全て自動洗浄タイプだったので、人がいなくても洗浄のため定期的に水が流れます。
(これもその音だろう…)
そう思い、気を取り直して中に入ったところで、再び私の足は止まりました。
手洗い場の蛇口の水が、チョロチョロと流れているんです…
蛇口はセンサーに反応して水が出て自動で止まるタイプのもので、閉め忘れということはありえません。
私はどうしていいか分からず、困惑したまま蛇口に目を向けていると、そのうち水は勝手に止まりました。
妙な汗が出てきて、私は急いで用を済ませ、手洗い場で手を洗いました。
すると、どこからともなく気味の悪い気配を感じます。
私は顔を上げ、洗面台の鏡を見ると、背後に作業服姿の男が、無表情な顔してぼうっとで立っていました。
驚いた私は直ぐに振り返りましたが、誰もいません。
こんな夜中に、こんな建物の端の曰く付きのトイレで、たまたま他の作業員と居合わせるとは考えられませんし、そもそも鏡でその姿を見るまでは気配も足音も全くありませんでした。
(やっぱり先輩が言っていたのって…)
ともかく急いでこの気味の悪い場所を離れたかった私は、足早にトイレを後にしました。
慌てて外に出て、ふと何気なく入り口に設置されてある飛び出し防止ミラーに目をやると、私は鳥肌が立ちました。
そこには、今私が出てきたトイレから、先ほどの作業服姿の男が出てくる様子が映ってるんです。
私は慌てて振り返りました。
ですが、やっぱりそこには誰もいないんです…
血相を変えて作業場に戻る途中も、背後に誰かいるような、何かに取り憑かれてしまった気がして、怖くて堪りませんでした。
しばらくはこの体験を思い返すのも気持ち悪く、先輩に相談する気も起こらず、ほどなくして私はこの工場を辞めました。
その後、特に何かあったわけでもないのですが、やっぱりあの時の体験がトラウマになっているのか、今でも不意に背後に誰かの気配を感じて振り返ってしまいます。
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